バイオフィルム感染症の治療薬開発を後押しする二つの技術

抗菌製剤の設計とバイオセンサーの開発

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今回創製した製剤のバイオフィルムに対する抗菌効果を、開発したバイオセンサーで短時間に評価できる. 画像提供: 産業技術総合研究所(AIST)
今回創製した製剤のバイオフィルムに対する抗菌効果を、開発したバイオセンサーで短時間に評価できる. 画像提供: 産業技術総合研究所(AIST)

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)極限機能材料研究部門 高橋 知里 主任研究員は、 沖縄科学技術大学院大学(以下「OIST」という)エイミー・シェン教授らと共に、バイオフィルム形成菌に対する 高抗菌効果をもつ製剤の創製とその短時間評価技術を開発しました。 バイオフィルム感染症は人間の歯や歯肉、体内に埋め込まれた心臓ペースメーカー、人工心臓弁などの表面にバ イオフィルムとよばれる糖類が形成されることによって引き起こされます。通常の薬剤投与ではバイオフィルム内 の菌に抗菌物質を作用させることが困難なため、感染症の慢性化が問題でした。

本研究において、マクロライド系抗菌物質のアジスロマイシンをカプセルに封入した銀ナノ粒子含有ソルプラス ®高分子製剤を創製しました。この製剤は銀ナノ粒子と抗菌薬という作用機序の異なる二つの抗菌物質を一体化し てバイオフィルム形成菌に対して作用させるため、高い抗菌効果が期待できます。創製した製剤を投与した 2 時間 後には銀ナノ粒子含有高分子製剤と比較しておよそ 1.5 倍の表皮ブドウ球菌バイオフィルム抗菌効果が確認されま した。

また、抗菌効果をもつ製剤の開発においては抗菌活性評価にかかる時間が問題となっていました。そこで、レー ザー誘起グラフェンを用いたバイオセンサーを開発し、今回開発した製剤を用いて検証することで、非常に短時間 で抗菌活性評価ができることを実証しました。 この研究成果の詳細は、2024 年 9 月 9 日(英国夏時間)に「Nanoscale」に掲載されました。

開発の社会的背景

歯周病などバイオフィルム感染症は人間の歯、心臓ペースメーカー、人工心臓弁などの表面にバイオフィルムが 形成されることによって引き起こされる感染症です。バイオフィルムは表皮ブドウ球菌などの微生物が産生する細 胞外多糖で、いったんこのバイオフィルムが形成されると、通常の薬剤投与ではバイオフィルム内の菌に薬や抗菌 物質を作用させることが困難なため、この感染症は慢性化することとなり、バイオフィルムに対して抗菌効果をも つ製剤の開発が求められていました。 並行して、抗菌効果をもつ製剤の開発には抗菌活性評価が必要です。従来、この評価には希釈平板法が実施され てきました。この手法は対象となる薬剤、製剤を含む懸濁液を希釈し、寒天培地に薄く塗布して培養し、培地上の コロニーの外見や数から、微生物の種類や量を特定するものです。他にも染色により生菌と死菌を染め分け生菌数 をカウントする方法もありますが、一般的に半日から2日程度と測定に時間を要するため、開発を困難にする要因 の一つとなっていました。

研究の経緯

産総研は、薬や抗菌物質を目的の箇所に効率よく届けるためのカプセル製剤の設計に取り組んでおり、これまで に、抗菌効果を持つ銀ナノ粒子を修飾した高分子製剤の設計を行ってきました。製剤の実用化のため、抗菌効果の より短時間での評価が課題となっておりましたが、OIST で進められていたバイオセンサーを用いた抗菌活性評価技 術を知ることとなり、Amy 先生との共同研究が実現しました。これにより、製剤の評価時間を大幅に短縮すること が可能となりました。

研究の内容

本研究では、大きく 2 つの技術を開発しました。 一つ目は、バイオフィルムに対して効果的なコアシェル構造を持ち、高分子の中に銀ナノ粒子と薬剤を異なる分 布で組み込む製剤設計技術です。化学合成法を用いて球状の銀ナノ粒子を修飾したソルプラス®(BASF Pharma の 界面活性剤)を基剤として、コア部分にアジスロマイシンを封入した 250 nm 程度の大きさの粒子製剤を合成しま した(図 1)。この新規製剤を 2 時間投与したバイオフィルムを希釈平板法で抗菌活性評価したところ、表皮ブドウ 球菌が形成したバイオフィルムに対して、銀ナノ粒子を複合したソルプラス製剤よりも 1.5 倍程度の高い抗菌効果 を持つことがわかりました(図 2 左)。銀ナノ粒子とアジスロマイシン、それぞれの表皮ブドウ球菌に対する異なる 作用機序が、コアシェル構造を付与することによってより効果的に作用するようになり、バイオフィルムおよび形 成菌に対しての抗菌効果を向上させたと考えられます。新規製剤を投与して 6 時間後には 9 割のバイオフィルム形 成菌が死滅していることがわかりました(図 2 右)。図 3 の走査型電子顕微鏡像が示すように、2 時間後にはある程 度の表皮ブドウ球菌が球形で存在していましたが、6 時間後には死滅しているとみられる平らな形状の表皮ブドウ 球菌が多数観察されました。

 

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二つ目は、簡便で短時間での測定が可能な抗菌活性評価を実施するためのバイオセンサーの合成技術です。 近年では、CO2 レーザーや青色レーザーを用いてポリイミドシート上にグラフェン層を効率的に生成できること が報告されており、この材料はレーザー誘起グラフェン(LIG)として知られています。この材料は微細孔構造(図 4)をもつため、バイオフィルムに接触させることで細菌を捕捉することができます。細菌を捕捉した LIG を電極と して使用すると、細菌の僅かな活性の変化に応じて電極の性質が変化するため、高感度での抗菌活性評価につなが ると考えられます。 本研究では、LIG 電極を用いた新規バイオセンサーを開発することで、従来に比べて簡便に抗菌活性評価を可能 とする、LIG 電気化学測定プラットフォームを構築できました。高感度なセンサーを作成するためには、電流値の変 化を測定するために電極の高導電性が重要とですが、CO2 レーザーの照射条件を最適化することでこれを実現しま した。表皮ブドウ球菌が形成したバイオフィルムに対し、開発したバイオセンサーを浸し、一定電位を与えた際の 電流応答を測定したところ、バイオフィルムに製剤を投与した時間に応じて応答電流値が減少し(図 5)、既往の希 釈平板法で調べた生菌率の経時変化と同じような挙動を示しました。応答電流の測定は 10 分程度で可能であり、新 規製剤の抗菌効果の評価を大幅に短縮できる可能性があります。

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今後の予定

今後、薬剤耐性菌及び複数菌で形成されるバイオフィルムに対して効果的な製剤の設計を進めていきます。また、 様々な菌種、製剤を用いてレーザー誘起グラフェンを電極に用いたバイオセンサーによる抗菌活性評価を実施する 予定です。同時に、本バイオセンサーを改良し、高感度で酸化還元反応の測定が可能な系を構築し、活性酸素種の測 定を進めます。

用語解説

バイオセンサー バイオセンサーは、酵素、抗体、核酸、微生物など生物由来の分子認識機能を用いたセンサーです。ターゲット対象物を検出し、 電気化学などで信号化することで、高感度で定量することができる検出装置です。バイオセンサーは、臨床診断、創薬、食品分 析、環境調査など幅広い分野で用いられています。

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本プレスリリースは、産業技術総合研究所(AIST)にて執筆しました。

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