離島における生物の進化を理解するための足がかり

エドワード・オズボーン・ウィルソンという著名な生物学者が1959年に提唱した「タクソン・サイクル」理論を確かめるため、新たな科学的手法を組み合わせて研究を行いました。

何百万年もの間、大洋に浮かぶ島々は生物多様性の宝庫であり、固有の種が繁栄してきました。科学者たちは、離島で動植物がどのように定着し進化するのか、という疑問に対して様々な理論を打ち出していますが、長い時間軸で発生する進化過程の考え方を検証することは、長年の課題となっていました。

近年はDNAシーケンスや3Dイメージング、計算科学といった最先端技術により、生物相の歴史的な多様化プロセスの分析ができるようになりました。 Evolution誌に掲載された新たな研究では、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者と琉球大学の共同研究者が、フィジーの南太平洋群島におけるアリの進化的・生態学的変化を調査し、離島で進化がどのように発生するかについて、従来の理論に一石を投じる検証を行いました。

「フィジーのように大洋の遠隔にある小さな島々は、生態学的プロセスと進化的プロセスの相互作用を研究するためには最適な、まるで“自然の実験場”のような機能を果たしてくれます。しかし最近まで、アリに関する研究はさほど多くありませんでした」と、本研究論文の筆頭著者でOIST生物多様性・複雑性研究ユニットに所属していた元博士課程学生の ツォン・リウ博士は語ります。


そこで研究チームは、フィジーに生息する種数の最も多いウロコアリ属 のうち、罠型顎を持つアリのアギトアリに焦点をあて、2007年のフィジーで現地調査を行い多数の標本を収集しました。

ウィンクラー・トラップを使用すると、地面から採集した落葉などからアギトアリがエタノール入りのフラスコに溜まってく。

研究チームは、アギトアリで観察された、島に侵入してからの時間経過に伴う外部形態の変化と分布の変化が、どのように「タクソン・サイクル」と呼ばれる仮説理論に適合しているかという分析に着手しました。タクソン・サイクル理論によれば、種は島に定着した後、分布範囲を拡大し、やがて衰退、そして時として絶滅という、予測可能な「ライフサイクル」をたどります。そしてこのサイクルは、また別の新たな定着者によって繰り返されます。

コロニー形成についての解明

チームは、フィジー諸島固有のウロコアリ属のアリの種からDNAを抽出して解析を行いました。この種はこれまでフィジーの島々でしか見つかっていない固有種です。また研究チームは、地域的および世界的に分布しているウロコアリ属に近縁なアリの標本も収集対象に含めました。そして、DNA配列に基づいて系統樹を構築し、それぞれの種がどれほど系統的に近縁かどうかを示しました。

「私たちは、フィジーに固有のアギトアリ種の14種すべてが、複数のコロニーからではなく、単一のコロニーから派生したことを発見しました」と、リウ博士は説明します。

これらの結果は、タクソン・サイクル仮説で想定されることと矛盾します。この仮説においては、後から外来種が到着して定着し、拡散と衰退の新たな分類群サイクルが始まると考えるからです。

「定着化が繰り返されなかった理由はいくつかあります」と語るリウ博士は、最初に到来したアギトアリの定着者らが多様化し、適した生存場所をすべて占領してしまったため、新参の外来種の進入の扉を閉ざしたかもしれない、と説明しました。 あるいは、フィジー諸島は地理的にどこからも隔離されているため、新参の外来種自体がやって来なかった可能性もあります。

進化的な放散の場所が明らかに

タクソン・サイクル仮説に従えば、種は島に定着した後、各生息地で生存に適した場所(ニッチ)に特殊化しながら生息範囲を大幅に拡大させます。

今回、フィジーに固有の14種のアギトアリの分布を調べたところ、定着してからまもなく、最初の系統が2つに分かれ、1つの系統は低地に生息地を拡大させ、もう1つの系統は 高地で生息地を拡大したことがわかりました。

さらに、研究チームは、DNA解析の次に、アギトアリの主要な形態的特徴を測定し、適応放散によって生存するためのニッチを確立したかどうかを検証しました。「適応放散は、しばしば離島で発生します。最も有名な例は、ダーウィンフィンチというガラパゴス諸島に生息する鳥についての研究です。種数や外部形態が多様になるという現象は、多くの場合、競争相手や捕食者が欠落することで、アリの適応放散を可能にするニッチ空間が多いためです」とリウ博士は説明しています。

研究者らは、マイクロCTスキャナーを使用して、フィジーのそれぞれのアリ種の3Dモデルを作成しました。また、アリの体や、顎(下顎の骨)、眼のサイズも測定しました。

「各種の生息ニッチに関係したアリの多様性は適応放散の結果であることを、はっきりと観察することができました」とリウ博士は述べています。 例えば、高地に分布する系統のアリは、体をより大きく進化させ、大型の獲物を捕まえることが可能になりました。 これらのアリはまた、狩りの仕方の決め手となる、短い下顎を発達させました。

フィジーのアギトアリは、その頭部の大きさに比較して、下顎長が極端に多様化している。左の写真は下顎が短い種で、右の写真は下顎が長く発達した種。

衰退について探る

タクソン・サイクル仮説では、種が、特殊化した生息場所(ニッチ)に次第に適応するにつれ、個体数および生息地の範囲が減少すると予測していますが、 この予測は、高地に住むフィジーのアギトアリにのみあてはまっていました。

また、今回の研究では、高地に生息する種の個体群が時間とともに小さくなり、個体群間の遺伝的変異が大きいことを発見しました。これは、この種がフィジー諸島全体に分散し繁殖して(遺伝子交流)する能力が低いことを示唆しています。

この競争力の喪失は、フィジーにおける現在進行中の大きな環境問題である森林破壊の脅威と相まって、古くから分布するこれらの特殊なアリ個体群の存続をさらにあやうくするでしょう。「生息地が地理的に限られ、分散する能力も限られているこれらの固有種は、森林破壊によって種の絶滅を早められてしまう可能性があります」とリウ博士は述べています。

研究チームは現在、集団ゲノミックス、系統進化学および形態学研究を組み合わせた分析アプローチを、フィジーのすべての種のアリに適用することを計画しています。

「アギトアリのデータが、タクソン・サイクルの仮説とどの程度密接に一致しているかは、いまだ明らかではありません」と、リウ博士は説明します。博士によれば、本研究は、昨年発表されたフィジーのオオズアリ属のアリにおける調査研究と同様、仮説を「部分的にのみ証明した」といいます。「フィジーの島々における進化が、(仮説によって)予測可能な段階を辿るのか、または毎回異なるランダムなプロセスを辿るかどうかを判断するには、より多くのデータが必要です」と、リウ博士は語っています。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: