キジムナーとブナガヤは別種

神出鬼没の色違いの魚たちが新種であることを遺伝的に突き止めました。

本研究のポイント

  • 沖縄から2種、フィリピンのパラワン島から1種の新種のハゼ(魚類)が発見されました。
  • 3種は、既知のヨロイボウズハゼLentipes armatusによく似ていますが、オスはそれぞれ種特有の赤い模様を持っています。
  • 沖縄で見つかった2種は、赤色で描かれることが多い沖縄の精霊、キジムナーやブナガヤを連想させることから、それぞれキジムナーボウズハゼLentipes kijimuna、ブナガヤボウズハゼLentipes bunagayaと名付けられました。
  • パラワン島の新種は「パラワンの赤いヨロイボウズハゼ」を意味するLentipes palawanirufusと命名されました。
  • DNA解析は、体色の異なる4種が比較的最近種分化し、遺伝的に独立した系統を維持していることを示唆しました。
  • オスは求愛行動の際に各種固有の色や模様をメスにアピールし、それが系統の維持に重要な役割を果たしていると考えられます。

概要

日本とフィリピンの研究者チームが、ヨロイボウズハゼ属魚類の体色と系統の関係を研究した論文を学術誌Systematics and Biodiversityに発表し、その中で3つの新種を記載しました。

新種のうち1種はフィリピン西部のパラワン島の川で採集され、ラテン語で「パラワンの赤いヨロイボウズハゼ」を意味するLentipes palawanirufusと名付けられました。他の2新種は沖縄の川から見つかり、それぞれLentipes kijimunaLentipes bunagayaという学名がつけられました。沖縄産の2種には新しい標準和名も提唱され、それぞれ「キジムナーボウズハゼ」、「ブナガヤボウズハゼ」と名付けられました。

「新種の魚たちは独特の赤い模様に特徴づけられ、赤い体または赤い髪などの姿で描かれることが多い沖縄の伝説の精霊、キジムナーとブナガヤを連想させます。」研究チームを率いた沖縄科学技術大学院大学(OIST)海洋生態進化発生生物学ユニットのスタッフサイエンティスト、前田健博士は名前の由来を説明しました。

新種発見のきっかけは、2005年に当時琉球大学の大学院生だった前田博士が、沖縄本島の川で見慣れないハゼに出会ったことでした。

「私はその魚の顔と下半身の鮮やかな赤色に驚きました。体の形を含むさまざまな特徴は以前から日本で知られていたヨロイボウズハゼというハゼのオスに一致しましたが、体の色が全く違っていました」前田博士は当時を振り返りました。

ヨロイボウズハゼ属の日本唯一の既知種、ヨロイボウズハゼLentipes armatusのオス(左)と、沖縄の川で見つかった新種、キジムナーボウズハゼLentipes kijimunaのオス(右)。
前田健撮影

体色は、私たちが魚を見分ける時に使う簡便かつ重要な特徴の一つですが、種と体色の関係はいつでも明確なわけではありません。体色に変異があり、同種内にさまざまな色彩型を含む種もありますし、逆に複数種が同じ体色を持つこともあります。

この魚がヨロイボウズハゼの色彩変異の一つなのか、全く異なる別種なのか解明するため、研究チームはその標本のDNAを解析する必要がありましたが、当時前田博士はその1個体の標本しか持っておらず、標本数を増やす必要がありました。

赤いヨロイボウズハゼとの再会は5年後に訪れました。前田博士は、2010年に同じような赤いオス3個体を発見し、そのうちの1個体を追加標本として採集し、それから少しずつ標本数を増やしていきました。2012年、彼はもう一つの発見をしました。新しい色彩型を見つけたのです。そのオスは下半身の2ヵ所に赤い模様を持っていました。

さらに、2015~2018年に行われたOISTとウェスタン・フィリピン大学との共同研究による調査の中で、パラワン島から第3の色彩型が見つかりました。これも赤い色が特徴的ですが、沖縄で見つかったものとは模様が異なりました。

沖縄の川で見つかった新種、ブナガヤボウズハゼLentipes bunagayaのオス(左)と、フィリピンのパラワン島の川で見つかった新種Lentipes palawanirufusのオス(右)。
前田健撮影

14年かけて既知のヨロイボウズハゼを含む4つの色彩型について十分な標本を入手した前田博士らは、それらのDNAを抽出し系統解析を行いました。

研究チームは、まずそれらのミトコンドリアDNAの全領域を解析しましたが、4つの色彩型は区別されませんでした。しかし、核DNAを含むゲノム全体から特定部位の配列の変異を調べたところ、4つの色彩型のオスが、遺伝的に区別された別種であることが分かったのです。

「これらのハゼたちは比較的最近になって種が分化し、そのためにミトコンドリアの遺伝子にはまだそれぞれの種を識別できるような変化が起こっていないのかもしれません」と、琉球大学熱帯生物圏研究センターの山平寿智教授とともに本研究のゲノム解析の一部を担当した大学院生、小林大純氏は考察しました。

前田博士は、4つの色彩型の形態を詳細に調べ、3つの新しい色彩型が、これまでに報告されている世界中のヨロイボウズハゼ属19種と異なる種であることを明らかにしました。そこで研究チームは、これらの結果を論文としてまとめ、3つの色彩型がそれぞれ新種であることを証明しました。

ゲノム全体における特定部位の配列の変異を解析した結果、ヨロイボウズハゼ属のオスが4系統に区別され、それぞれ4つの色彩型と完全に一致することが示された。白抜き灰色のシンボルは各種のメスを示す。オスとは異なり、メスの体色には種による違いが見出されなかった。

本研究では、メスに対して求愛するオスが、普段より鮮やかな色彩を呈し、特別な行動を伴って種特有の体色を際立たせることも報告されました。前田博士らは、メスが体色の異なる他種のオスの求愛を受け入れず、そのために種間の遺伝子の違いが維持されているのではないかと考えていますが、この点に関してはさらなる研究が必要です。

沖縄の川で観察されたヨロイボウズハゼの求愛行動。鮮やかな婚姻色を呈したオス(右)が、鰭を広げ、下半身を少し持ち上げ、種特有の模様をメス(左)にアピールする。
前田健撮影

研究チームは、東南アジアにおけるヨロイボウズハゼ属の分布の詳細を明らかにしたいと考えています。これらの成魚は川に住みますが、卵から孵化するとすぐに海へ流され、仔魚期を海で過ごします。その間に海流に運ばれ、遠く離れた別の島にたどり着くことがあると考えられています。

「キジムナーボウズハゼとブナガヤボウズハゼは、神出鬼没で、沖縄では稀にしか出会えません。私たちは彼らの本拠地が東南アジアにあり、そこから流されてきた仔魚が沖縄に入ってきているのだろうと考えています」と前田博士は説明します。

より多くの標本を用いた系統解析や東南アジアにおける分布調査により、仔魚の分散機構を理解し、種分化や生殖隔離の機構を解明できるかもしれません。仔魚が広範囲へ分散すれば、種分化は起こりにくくなり、固有性が維持されないことが予想されます。しかし、実際にはボウズハゼの仲間には多くの種が含まれ、各地域に固有の種も多数知られています。

前田博士はこれをボウズハゼ類の謎と呼び、「私たちの論文はこの謎を解く手がかりを与えました。しかし研究は始まったばかりです」と、今後の研究の発展を期待しています。

沖縄の川で撮影されたヨロイボウズハゼのオス、新種キジムナーボウズハゼのオス、そして種不明のメスの動画。これらのハゼは、特に流れの強い場所を好み、吸盤状の鰭で岩の表面に張り付き藻類をはぎ取って食べる。
前田健撮影

発表論文詳細:

論文タイトル: Do colour-morphs of an amphidromous goby represent different species? Taxonomy of Lentipes (Gobiiformes) from Japan and Palawan, Philippines, with phylogenomic approaches
著者: Ken Maeda, Hirozumi Kobayashi, Herminie P. Palla, Chuya Shinzato, Ryo Koyanagi, Javier Montenegro, Atsushi J. Nagano, Toshifumi Saeki, Taiga Kunishima, Takahiko Mukai, Katsunori Tachihara, Vincent Laudet, Noriyuki Satoh, and Kazunori Yamahira
発表先: Systematics and Biodiversity
DOI: https://doi.org/10.1080/14772000.2021.1971792
発表日: 2021年10月04日

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