過剰な免疫反応を抑えるための新たなブレーキ制御メカニズムの発見

OISTの研究により、ある重要な転写因子が免疫機能を制御するとともに、自己免疫疾患の治療やがん免疫療法の開発につながる可能性が明らかになりました。

概要

  沖縄科学技術大学院大学(OIST、沖縄県恩納村 学長ピーター・グルース)免疫シグナルユニットの小泉真一研究員らは、免疫システムの恒常性を保つために必要な新たな分子メカニズムを明らかにしました。研究チームは、転写因子※1「JunB」が免疫反応のブレーキとして働く制御性T細胞※2の免疫抑制機能を促進することを発見しました。また、このJunBによって促進される制御性T細胞の機能は、肺および大腸の過剰な炎症を抑制するために必要であることがわかりました。したがって、制御性T細胞のJunBをターゲットに特定の臓器における炎症を調節することは、自己免疫疾患※3・アレルギー疾患の治療だけでなく効果的ながん免疫療法※4の開発へとつながる可能性があります。制御性T細胞のJunBの役割を初めて明らかにした本研究成果は、2018年12月17日発行の英科学誌 Nature Communications に掲載されました。


研究の背景と経緯

  免疫システムは細菌やウイルスなどの病原体やがん細胞の排除に重要な役割を果たします。しかしながら、免疫システムが正常に働かなくなると過剰な免疫反応が自己の細胞や組織に向けられ、その結果、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎および多発性硬化症といった自己免疫疾患を引き起こします。また、花粉などの特に害のない物質に対する免疫応答はアレルギー疾患の原因となります。

  過剰な免疫反応を回避するために、免疫システムはブレーキの役割をはたすメカニズムをいくつか備えています。例えば、本年ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑教授と米テキサス大学のジェームズ・P・アリソン教授が発見した免疫チェックポイント分子※5PD1とCTLA4は、過剰な免疫反応を抑える重要なメカニズムです。これらに加えて、免役抑制機能をもつ制御性T細胞も自己免疫疾患やアレルギー疾患を防ぐために必須な役割を担います。一方、制御性T細胞が過度に働くと、がん細胞に対する免疫を抑制してしまいます。したがって、状況に応じて制御性T細胞の機能を適切に制御することで、自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療だけでなく、効果的かつ副作用の少ないがん免疫療法が可能になると考えられます。しかしながら、制御性T細胞の免疫抑制機能を制御するメカニズムはまだ十分に解明されていません。

 

(左から)佐々木大樹研究員、小泉真一研究員、石川裕規准教授

研究内容

  制御性T細胞が正常に機能するためには、リンパ節などリンパ系組織に存在するナイーブ型の制御性T細胞※6が、様々な非リンパ系の臓器に移動し、強力な免疫抑制機能を示すエフェクター型の制御性T細胞※7へと分化する必要があります。研究チームは、エフェクター型の制御性T細胞の分化および機能を制御するメカニズムを理解するために、JunBという転写因子に注目しました。同チームは昨年JunBが自己免疫疾患を引き起こすヘルパーT細胞※8の機能を調節することを報告しましたが、制御性T細胞におけるJunBの機能は分かっていませんでした。

  まず、研究チームはJunBが制御性T細胞集団のなかでナイーブ型ではなくエフェクター型の細胞においてのみ発現することを見出しました。次に、制御性T細胞のJunBの機能を明らかにするために、この細胞集団においてJunBを欠損するマウスを作製しました。作製したマウスは正常に生まれましたが、生後4週間には顕著な体重減少を示し、生後24週までに半数以上のマウスが死亡しました(図1a)。これらのマウスの肺と大腸においては激しい炎症が見られましたが、皮膚と肝臓ではそのような炎症は認められませんでした(図1b)。

 

図1 制御性T細胞のJunBを欠損したマウスは体重減少(a)および肺、大腸における過度の炎症(b)を伴う自己免疫疾患を発症する。

  JunBの欠損が制御性T細胞へ与える影響を調べたところ、JunBはエフェクター型の制御性T細胞の分化には必要ありませんでしたが、その細胞数の維持、大腸への蓄積、および免疫抑制機能の亢進のために重要であることが明らかになりました。さらに、JunBの欠損により発現が変動する遺伝子を網羅的に解析したところ、免疫チェックポイント分子CTLA4を含むいくつかの免疫抑制機能をもつ分子の発現がJunBによって制御されることが明らかになりました(図2)。しかしながら、エフェクター型の制御性T細胞で高く発現する多くの遺伝子はJunBに依存せずに発現することも確認されました(図2)。これらの結果は、JunBはエフェクター型の制御性T細胞の特定の機能を促進することで、肺および大腸の炎症を抑制することを示唆しています。

 

図2 JunBは制御性T細胞において特定の免疫抑制機能分子の発現を制御する。

今回の研究成果のインパクト・今後の展開

   今回の研究成果は、転写因子JunBがエフェクター型の制御性T細胞の機能を調節し、肺と大腸の炎症の抑制に重要な役割を果たすことを明らかにしました(図3)。このような役割はこれまでに報告されている制御性T細胞の分化および機能制御に関わる転写因子では見られていないユニークなものです。小泉博士は「制御性T細胞のJunBの活性を高めることは、自己免疫疾患やアレルギー疾患の新たな治療法となると期待されます。逆に、制御性T細胞のJunBの活性を抑えることで肺がんや大腸がんに対する免疫を特異的に促進し、他の組織への副作用の少ない新たながん免疫療法の開発につながる可能性もあります」と、述べています。

 


用語説明

※1 転写因子
特定の遺伝子群の発現を制御する因子。様々な細胞機能に関わる。

※2制御性T細胞
成熟したT細胞(リンパ球)の一種で、ヒトの遺伝性免疫疾患の原因とされる転写因子Foxp3の発現を特徴とする。免疫抑制機能を持ち、免疫の恒常性の維持に必須な役割を果たす。

※3自己免疫疾患
自己の身体を構成する物質に対しておこる免疫反応により発生する疾患。関節リウマチ、多発性硬化症、炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデスなどがある。それらの多くは特定疾患に指定される難病で、国内では年々増えている(難病情報センター特定疾患医療受給者証所持者数http://www.nanbyou.or.jp/entry/1356)。

※4がん免疫療法
免疫システムを利用してがんを治す治療法。

※5免疫チェックポイント分子
過剰な免疫応答を抑制する機能を持つ分子。免疫チェックポイントを阻害することで効果的ながん免疫を誘導することができる。

※6ナイーブ型の制御性T細胞
リンパ系の組織に存在する、抗原と反応したことがない制御性T細胞。

※7エフェクター型の制御性T細胞
ナイーブ型制御性T細胞が抗原と反応することで活性化した制御性T細胞。様々な臓器に蓄積し、強い免疫抑制機能を持つ。

※8ヘルパーT細胞
成熟したT細胞(リンパ球)の一種。免疫反応を指揮する役割を果たす。

 

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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