「しわ」の物理学を解明

実験と理論を組み合わせ、カーブしたエッジが極薄材料のしわにどのように影響するかを特定。

「しわ」について考えるとき、皮膚に刻まれた線を思い起こすことが多いでしょうか。これを「歓迎されない現実」と捉える人もいれば、「良く生きた人生の誇り高きしるし」と捉える人もいるでしょう。 材料科学の世界では、しわは必要なこともあれば、必要でないこともあります。しかし、しわが発生する原因となる物理的要因はいまだ完全には理解されていません。

この度、Applied Physics Letters誌で発表された論文では、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の数理力学と材料科学ユニットの研究者が、 材料の縁(エッジ)における曲率を変化させることで、どのようにしわを増やしたり減らしたりできるかを示しました。

数理力学と材料科学ユニットを率いるエリオット・フリード教授は、「これまで科学者やエンジニアはしわを防止することに重点を置いてきました。しわは、圧力センサー、航空機パネル、さらには、軽量宇宙船の構造である展開形のブームや望遠鏡などに悪影響を及ぼす可能性があるからです。しかし最近の研究では、しわが材料に有用な特性を与えられる可能性も示しています。 たとえば、材料を超疎水性にしたり、独自の方法で光を反射するコーティングを作製したりする時にしわを利用できるのです。」と説明しています。

ダイヤモンドウィンドウが開く絶好の機会

数理力学と材料科学ユニットは当初、ガラス板上で成長させた超薄ナノ結晶ダイヤモンドフィルムの作製中、しわが生じる現象に遭遇しました。

本研究の筆頭著者でもあるポスドクのストフル・ヤンセンス博士はそのときのことを説明してくれました。「ナノ結晶ダイヤモンドフィルムの小さな領域の下にあるガラスの層を取り除き、”ダイヤモンドウィンドウ”を作製していました。ダイヤモンドウィンドウの作製は極めて難しいのですが、細胞培養が進んでいる様子を簡単に視覚化できる透明構造として利用するなど、様々な用途の可能性があるのです。」

ヤンセンス博士らは、ダイヤモンドフィルムからダイヤモンドウィンドウを製造するときにしわの発生が避けられないこと認めました。ナノ結晶ダイヤモンドフィルムをガラス基材の上で成長させるプロセスで、基板の加熱と冷却が行われると、2つの層が異なる量の膨張と収縮をし、応力が発生します。 次に、レーザーと酸を使用してガラス基材に穴を開けると、残留応力により、基材の穴の上に張られている状態のナノ結晶ダイヤモンドフィルムが変形し、縁の周辺にしわが寄ります。

「このダイヤモンドウィンドウが、しわができる物理的原因の一部を理解する絶好の機会だということに気がつきました。直径と境界の曲率がしわに与える影響を実験的に示すため、円形のダイヤモンドウィンドウを使用し、観察した現象を説明する簡単な理論モデルも開発しました。」と、とフリード教授は語ります。

実験と理論の橋渡し

この研究でチームは異なるサイズのダイヤモンドウィンドウを作製し、ウインドウ部分に張られたフィルムの湾曲した縁の周辺に形成されたしわの波長と数を測定しました。

すると、ダイヤモンドウィンドウのサイズが大きくなる、すなわち結合して支えられているナノ結晶ダイヤモンドフィルムの境界の曲率が小さくなると、しわの密度は減少し、しわそれぞれの波長が長くなっていることを発見しました。

キャプション:ダイヤモンドウィンドウのしわは、ダイヤモンド層とガラス層の応力によって引き起こされる。 画像bのダイヤモンドウィンドウよりもサイズの小さい画像aのダイヤモンドウィンドウは、しわの密度が高くなっている。

研究ではまた、ダイヤモンドウィンドウ全体のひずみレベルを測定しました。

「従来の方法での2D材料全体のひずみ測定は、非常に複雑で費用がかかりますが、私たちは代わりにダイヤモンドウィンドウの表面の各部分の高さを決定する手法を考案し、次にアルゴリズムを開発しました。」とヤンセンス博士は語っています。

ひずみレベルを計算するため、レーザー顕微鏡を使用してダイヤモンドウィンドウの表面全体の高さを特定。 このダイヤモンドウィンドウでは、ガラス面に貼られたナノ結晶ダイヤモンドフィルムがウインドウ部分で、ガラス基板表面の下向きに湾曲する。

次に、チームは実験結果を使用し、理論モデルを開発しました。この理論モデルでは、機能的なしわや、しわの少ないデバイスの設計に使用できると考えています。

モデルは実験にも利用し、負の曲率を含むデバイスでは、しわがさらに減少することがわかります。

今後研究チームは、円形ではなく、リング状のダイヤモンドウィンドウを作製することを考えています。 リング状のダイヤモンドフィルムの境界には正と負の両方の曲率が含まれており、作製は困難なものですが、実験を利用しつつモデルの妥当性をさらに調査できるでしょう。

研究チームは、正と負の両方の曲率を含むリング状のダイヤモンドウィンドウの作製を目指している。

「この研究は、理論、計算、実験、そして分析を統合しています。OISTで培われている、分野間の壁のない学際的な環境によってこの作業が可能になり、最終的に私のユニットのすべての研究者が協力して専門知識を拡張できるようになりました。」とフリード教授は述べています。

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