2019-04-16

クラゲをクラゲたらしめるものとは?

 透き通るクラゲ、色とりどりのサンゴ、海底でたゆたうイソギンチャク。見た目は全く異なりますが、これらはすべて動物の系統樹の中で同じ部類に属しています。実は、クラゲも成長の初期段階では、サンゴやイソギンチャクのように海底に固着しています。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者たちは、クラゲが固着の段階を卒業し、海中へと泳ぎ出すための遺伝子群を突き止めました。

 クラゲは成長の初期段階において、幼生からポリプに変態します。ポリプは動かず、花の茎のような構造で、海底の堆積物に付着します。イソギンチャクとサンゴはこのポリプの状態で一生を過ごすため、ギリシャ語で「花の動物」を意味するanthozoa(和名:花虫網)と呼ばれます。これに対し、クラゲは花虫網には属さず、ポリプ世代からクラゲ世代に変態し、なじみのある、発光するベル型の姿に変わります。

ポリプからクラゲへ

クラゲの発達は固着性のポリプから始まり、環境条件が整うとクラゲに変態する。写真はクラゲへの変態を始めたヒクラゲ。

 年4月15日発行(日本時間4月16日)のNature Ecology & Evolution誌に掲載された本研究で、研究チームは2種類のクラゲのゲノム(全遺伝情報)を解明し、ポリプ世代に留まる生物と、クラゲ世代に変態する生物に分かれる理由を示しています。このゲノムはオンライン上で閲覧でき、OISTのBLASTサーバー上で他の種と比較することができます。


新たに解読されたクラゲのゲノム

 OIST研究チームは日本とドイツの研究者らと共同で、ミズクラゲとヒクラゲのゲノムを比較しました。ヒクラゲは強い毒を持ち、刺されると焼けるような痛みを引き起こすことからその名前がつきました。

 「2種類のクラゲのゲノムを比較することで、クラゲ世代に進むための普遍的ルールを見つけたいと考えました。」と話すのは、本研究論文の筆頭著者であり、佐藤矩行教授が主宰するOISTマリンゲノミックスユニットのコンスタンチン・カールツリン博士です。クラゲがポリプのステージを終えて海底を離れるとき、異なる遺伝子を制御するスイッチがオンになり、変態を促します。この変態に関わる特別な遺伝子を特定するために、研究者たちはまず、サンプルのクラゲ種の全遺伝子のカタログを作りました。

 「その後、これらの遺伝子が生活環のポリプ世代とクラゲ世代の各ステージで、どのようにふるまうかを観察しました。」とカールツリン博士は説明します。

 博士らは、バルト海のミズクラゲと日本のヒクラゲの全ゲノムシーケンス解析を行いました。ゲノムは、生物を形成し維持するために必要な設計図であり、その情報は遺伝子という個々のブロックにコードされています。生物の遺伝的組成と、これらの遺伝子の配列によって、その生物の発生が決定します。さらに博士らは、この度新たに解読したクラゲのゲノムを、サンゴとイソギンチャクのゲノムと比較し、各生物にどの遺伝子がどのように発現するかを突き止めました。

ミズクラゲ(水クラゲ)

OISTマリンゲノミックスユニットの研究によって、ミズクラゲのゲノムは、ヒクラゲよりむしろ、サンゴやイソギンチャクに近いことが明らかになった。

 「この2種類のクラゲのゲノム構成は、イソギンチャクやサンゴとの比較よりも、類似性が高いだろうと予測していました。」とカールツリン博士は話します。しかし驚いたことに、ミズクラゲの遺伝子の順序は、ヒクラゲよりも花虫網の方にかなり似ていることがわかったのです。ミズクラゲとヒクラゲの遺伝的組成にはほとんど一致が見られず、その違いはヒトとウニのゲノム比較ほどかけ離れていました。


何が違いを引き起こすのか

 解析の結果を見ると、ヒクラゲのゲノムは進化の途中で大幅な再編成を行ったと思われます。研究者たちは、ミズクラゲとヒクラゲのゲノムに類似性が認められなかったことから、クラゲのゲノムの中には、クラゲ世代への変態を指揮する普遍的な遺伝子領域は存在しない、と考えました。

若いヒクラゲと大人のヒクラゲ

ヒクラゲに刺されると、患部に焼けるような激痛が走る。この有毒な刺胞を持つことで、日本語でついた名前は「火クラゲ」。

 しかし、ここで1つ疑問が残ります。サンゴとイソギンチャクは、なぜクラゲ世代に変態しないのでしょうか。

 博士らはこの謎を解き明かすために、ミズクラゲとヒクラゲのポリプ世代とクラゲ世代において、どの遺伝子が活性化しているかを調べました。そして、この2種類のクラゲの特徴的な遺伝子発現パターンを、花虫網とクラゲが属する刺胞動物の別の11種の発現パターンと比較しました。驚くべきことに、ミズクラゲのクラゲ世代で働く遺伝子のうち、約3分の2がサンゴとイソギンチャクにも見つかりました。

 しかし、ミズクラゲは特殊な遺伝的手段を持ち合わせていることが分かりました。まるで優れた貯蔵兵器のように、クラゲ世代に入ると活性化する遺伝子で、これは花虫網には存在しません。サンゴとイソギンチャクはクラゲ世代に変態しないため、泳ぐための筋肉や目など、特定の組織や器官に成長する遺伝子を持ちません。研究者らは、クラゲ世代に入って初めてスイッチが入る、これらの種に固有の遺伝子のうち、およそ100の遺伝子がミズクラゲとヒクラゲに共通しいていることを発見しました。これらの遺伝子の大部分は、遺伝子発現の時期と量を制御する転写因子をコードする遺伝子です。

 博士らは、次に、沖縄に生息するハブクラゲのゲノムのシーケンス解析を行い、ヒクラゲとより厳密に比較することを目指しています。今後さらに研究が進めば、クラゲの進化の仕方や、クラゲがなぜ花虫網や他の海底生物と異なるかについて理解できるかもしれません。

ハブクラゲ

OIST マリンゲノミックスユニットは現在、写真の大型ハコクラゲと比較するために、沖縄に生息するハコクラゲの1種のゲノム配列決定を進めている。2種のゲノムを比較することで、ハコクラゲがどのように進化してきたか、また、ハコクラゲと他のクラゲを分けるものは何であるかが解明されるかもしれない。

提供: 
戸篠祥博士(論文共著者)

(Nicoletta Lanese)

広報や取材に関して:media@oist.jp