まるでSFのようなヘルスケアの実現に向けて

グローバル・バイオコンバージェンスイノベーション拠点 を紹介するシリーズ第5弾となる今回のポッドキャストでは、DJニックことニック・ラスカムさんがエイミー・シェン教授と河野恵子准教授に、研究用デバイス開発と細胞老化メカニズムの解明について話を聞きました。

Two female scientists sitting side by side in a podcast studio.

「もし老化を止めることができるとしたら?」「もし手のひらサイズのシンプルなデバイスで、病気を発見したり、石油流出を食い止めたり、食料の安定供給ができたりするとしたら?」サイエンスフィクションの世界に登場しそうな話ですが、研究者にとっては絵空事ではありません。細胞の老化、病気、環境災害、農作物の不作といった極めて現実的な問題を科学が取り扱い、現実世界に応用することは、サイエンス・ノンフィクションでは重要な課題となっています。

このような課題に取り組むために、昨年、科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の資金援助を受け、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のグローバル・バイオコンバージェンスイノベーション拠点が設立されました。「心の健康」、「体の健康」、「環境の健康」という三つのテーマを通じて、複雑な問題に対する革新的な解決策を見出すための科学領域間の協力や、これらの解決策を実社会に応用するための産学連携を推進しています。

OISTポッドキャスター・イン・レジデンスのDJニックことニック・ラスカムさんが、マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのエイミー・シェン教授と、膜生物学ユニットの河野恵子准教授に、「体の健康」に関する研究について話を聞きました。ポッドキャストはこちらのリンクからお聞きいただけます。(※ポッドキャストは英語のみ)

「多用途マイクロ流体デバイス」で、複雑な研究を簡素化

シェン教授が行っている研究は、流体がどのように移動し混合するかを、マイクロメートルのレベルで研究することで、研究室での基礎研究を進展させ、「実世界」で使えるデバイスの作成を目指しています。シェン教授の研究ユニットは、工学、物理学、生物学、化学の各分野の研究者で構成されており、医学研究や病気の発見のために、体液の流れをシミュレートするラボ・オン・チップ・デバイスの開発を目指しています。しかし、これらのデバイスの設計を最適化するためには、基礎研究が極めて重要な役割を果たします。研究では、持ち運びしやすく、経済的、かつ使いやすいデバイスの設計にまで及んでおり、食物の安全や環境モニタリングの進展に極めて重要な役割を果たす可能性を秘めています。

Photograph of microfluidic devices from the Micro/Bio/Nanofluidics unit
マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットで開発したデバイスの一例。水平のチューブはマイクロ流体熱交換器。垂直のチューブは最適化された双曲線収縮/膨張装置。ボトムプレートは、シェン教授がポッドキャストでも言及した、細胞や粒子を捕捉して操作するために使われるクロススロット装置。写真提供:トダ・ピーターズ・カズミ(OIST)
マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットで開発したデバイスの一例。水平のチューブはマイクロ流体熱交換器。垂直のチューブは最適化された双曲線収縮/膨張装置。ボトムプレートは、シェン教授がポッドキャストでも言及した、細胞や粒子を捕捉して操作するために使われるクロススロット装置。写真提供:トダ・ピーターズ・カズミ(OIST)

ヘルスケア研究の分野では、血液の循環や体液と細胞の相互作用など、体内での体液の動きや振る舞いを理解することが大きな課題となっています。シェン教授の研究ユニットは、これらの生理学的条件を再現するラボ・オン・チップ・デバイスを開発することで、物理学の基本原理を把握し、ラボ・オン・チップ・プラットフォームを使用して薬物伝達と心血管動態の重要な側面を探求します。この革新的なアプローチは、研究効率を最適化するだけでなく、費用対効果やアクセシビリティを大幅に向上させます。

これらのデバイスを開発するための技術プラットフォームは、非常に汎用性が高いのが特徴です。例えば、マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットでは、特に物理的空間やリソースが限られている場合において、分裂・成長・競争といったバクテリアの行動の様々な側面を研究するデバイスを設計しました。このデバイスは、様々な応用が可能です。「例えば、バクテリア、ウイルス、寄生虫のような病原体を識別可能なデバイスなどに、『体の健康』内の似たようなテクノロジーを使うことが可能です」とシェン教授は説明します。現在、研究者が一度に検出できる病原体は一つか二つですが、「うまくいけば今後2年以内に、複数の病原体を同時に検出できる単一のデバイスができ、診断の効率と有効性を大幅に向上させるでしょう。」

細胞表面で老化を見つける

細胞レベルでは、エイジング(老化現象)は謎に包まれています。私たちが年を取るにつれて、良くも悪くも老化細胞が体内に蓄積していくことが知られています。河野教授は「老化した細胞には、良い働きと悪い働きがあります。良い働きは、免疫反応のアップレギュレーションや創傷治癒が促進されることですが、悪い働きは、腫瘍の促進や生体の機能不全が引き起こされることです」と指摘します。長い間、DNAが損傷し、細胞の老化が引き起こされるという仮説が立てられてきましたが、最近では、シャボン玉よりもかなり薄い細胞膜に焦点が当てられています。

河野教授の研究ユニットでは、この知識を武器に、最終的には膜の損傷から細胞を守ることで健康寿命を延ばせるのではないかと考えています。細胞の老化を抑えたり、予防したりすることができれば、年齢を重ねたからといって、死亡や衰弱、病気のリスクが高まることはなくなります。河野教授は「最近の研究では、老化細胞を除去すると、筋力や組織の再生など、様々な身体機能を若返らせることができることがわかっています」と説明します。研究は現在のところ研究室内の実験レベルにとどまっていますが、すでに老化細胞を死滅させる薬の人体実験が行われています。SFのような話ですが、河野教授の研究室からの知見は、大手飲料メーカーサントリーとの産学連携によるアンチエイジング・サプリメントの開発を長期的な目標としていて、現実の世界に広がりつつあります。

壁を打ち破る

グローバル・バイオコンバージェンスイノベーション拠点は、科学領域間や産学間に立ちはだかる壁を乗り越えることで、グローバル・ヘルスに関するイノベーションを推進する拠点となっています。河野准教授が行っているような基礎研究ではよくあることですが、研究仮説が間違っていると証明されたり、シェン教授のように適切な産業界のパートナー探しに奔走したりと、その道のりは決して平坦ではありません。「過去2年間、私たちは病気の診断キットを開発してきましたが、研究室内の規模にとどまっています。地元企業やグローバル企業とつながり、技術や装置を共同で開発したり創造したいと思っています」とシェン教授は話します。このような課題があるからこそ、グローバル・バイオコンバージェンスイノベーション拠点のような枠組みが必要なのであり、基礎研究を行い、科学的イノベーションを図面から現実の世界へと導く、真の変化を生み出すためのリソースとつながりを備えた空間を作る必要があるのです。