2019-10-30

報酬系のサイクル:ADHD治療に関する新たな知見

 注意欠陥・多動性障害(ADHD)は、様々な症状を伴い、その原因も複雑です。メチルフェニデートと呼ばれる精神刺激薬は、ADHD治療薬として一般的に使用されており、脳の報酬系に関与する神経伝達物質であるドーパミンレベルに影響を与えます。しかしメチルフェニデートは服用が乱用される可能性があり、また、治療効果については十分にはわかっていません。

 メチルフェニデートが脳内のドーパミン系とどのように相互作用するかを調べるため、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者は、ニュージーランドのオタゴ大学とオークランド大学の研究者らと共同で、ラットにおける薬物作用を調査しました。ドーパミン細胞の観測、電気化学的モニタリング、コンピューターモデリングを使用し、薬物に反応するラットの脳におけるドーパミンレベルを調節するフィードバックループの中で、あるひとつの抑制プロセスを発見しました。この抑制プロセスをもとに、ADHDにおけるメチルフェニデートの治療的特性が解明される可能性があります。この研究の知見は、Progress in Neurobiology誌に掲載されました。

 「メチルフェニデートが分子レベルでどのように機能するかについては、かなりわかってきていますが、より広範囲の神経系に対してどのように影響するかはまだわかっていません。この問題は、脳の様々な部分がどのように相互作用して治療効果を生み出せるかの探求につながるものです。」と、OIST 神経生物学研究ユニットのジェフ・ウィッケンス教授は説明します。

ドーパミンの秘密を解き明かす 

 チームは実験で、5.0 mg / kgの濃度のメチルフェニデートを雄の成体ラットのグループに投与し、対照グループには無投与としました。そしてラットの脳に外科的に電極を移植した後、ボルタンメトリーと呼ばれる電気化学的手法を用い、ADHDに関与する脳領域における細胞のドーパミン濃度の変化をリアルタイムで観察しました。 研究者はまた、ラットの中脳と前脳における脳断片の測定も行いました。

 カビンダ・リヤナガマ技術員を含むOISTの研究者は、ドーパミン系に対するメチルフェニデートの効果をモデル化するコンピュータープログラムを作成し、実験データと比較しました。

 

ラットの脳におけるドーパミン放出を調べる実験データを考察するジェフ・ウィッケンス教授とカビンダ・リヤナガマ技術員

 神経細胞によるドーパミンの放出には異なったパターンがあります  。一過性の放出の場合、例えば報酬などの動機付けに対する応答として、 迅速でスパイク的な放出となります。 一方、筋肉や関節の動きのような強直性放出では、よりゆっくりと、規則的な形の放出になります。

 ウィッケンス教授と共同研究者らは当初、メチルフェニデートは脳の受容体によるドーパミンの再取り込みを遮断するため、一過性のドーパミン信号を増加させていると考えていました。ところがデータを分析した結果、研究者らはそれとは反対の事象を見出しました。メチルフェニデートは、ドーパミンの一過性の放出を増加させなかったのです。ウィッケンス教授はこの結果から、メチルフェニデートによって再取り込みが遮断されている場合でも、脳はドーパミンレベルを抑えるための非常に強力なフィードバックメカニズムを保持していると考えています。

 「健康な脳でメチルフェニデートを使用した場合、薬物の影響を補うように神経調節メカニズムが作用します。メチルフェニデートの治療効果は、このフィードバックループの間接的な結果である可能性があります。」と、ウィッケンス教授は説明しています。

 この研究のコンピューターモデルによれば、メチルフェニデートは主に強直性ドーパミンシグナルに影響を与えていることが示唆されます。 強直性ドーパミンシグナル伝達の変化は、ADHDの症状を改善しながらドーパミン受容体を活性化している可能性があります。

 ウィッケンス教授は、この度の研究が健康なラットで行われたことを踏まえ、研究グループの次のステップでは、ADHDの動物モデルでこのフィードバックループを調べようとしています。

 さらにウィッケンス教授は、ADHDは複数の障害が伴っているため、併用療法が必要となるのではないかと考えています。この知見に基づき、教授は他の治療のメカニズムも探求したいと考えています。

(アンナ アーロンソン)

広報や取材に関して:media@oist.jp