予測不能なことを予測する:新しい認知モデル

予測と認識に関するコンピュータモデルを開発

 認知科学者は、コンピュータのシミュレーションにより人間の脳内の働きをモデル化していますが、現行のモデルの多くは本質的な部分に誤りが生じがちでした。

 このほど、沖縄科学技術大学院大学(OIST)認知脳ロボティクス研究ユニットの研究者らが、生物学的に既に知られている脳のメカニズムに基づいたコンピュータモデルを開発しました。このモデルは、脳がどのように新しい情報を学習及び認識し、将来の感覚入力についてどう予測するかをモデル化したものです。

 このモデルにより、ロボットが他者の行動を予測したり真似たりすることができるようになり「社会生活に適応」できるかもしれません。このことは、自閉症スペクトラム症の認知に関する基盤を明らかにするのにも役立つと考えられます。

 Neural Computation誌に発表された今回の新たな研究の共著者である谷淳教授は、次のように述べています。「私たちが過去に得た知識は、現在を予測する情報となります。一方で、その予測を超える状況に出くわすことがよくあります。現在、日常生活での予測不能なことを処理できるモデルを開発しているところです」

 谷教授とその協力者である元OIST博士課程学生のアフマドレザー・アフマディ博士は、再帰型ニューラルネットワーク(RNN)と呼ばれるモデルについて共同研究を行いました。RNNには、予測符号化(脳は、音声や画像のような感覚情報について、トップダウンの予測とボトムアップの現実の信号の両者間での相互作用を経ることにより、的確に知覚していることを提唱する理論)が利用されています。誤差(脳の予測と現実とのギャップ)は、処理を行うネットワークの各階層を逆伝搬し、その誤差を最小化する方向に向けて各層での予測を修正することにより、RNNは不規則に発生するイベントに関して適応可能になります。それにより、将来についてどれだけの確実度で予測ができるのかという、予測の予測ができるようになります。

 

認知脳ロボティクス研究ユニットの研究者らは、現実の世界で何が起きているかに基づき、私たちの脳がどのように予測を行うかをシミュレーションするため、ロボットを使用しました。

秩序とランダムの間で
 

 効果的なニューラルネットワークは、秩序とランダムとの線引きをまたいだ処理を行います。谷教授らはモデルを最適化するため、「メタ・プライアー(meta prior)」と呼ばれるパラメータを学習過程に導入しました。パラメータ設定を1に近づけると、詳細な感覚情報について確実さを増しつつも複雑な内部表現が生成される一方、設定を0に近づけると、より不確実性を許容することで内部表現の複雑さが減りました。

 チームは、規則性がありながらも不確実性を含むような時系列データを準備し、RNNの学習を行いました。さらに研究チームは同じモデルを利用して、あるロボットが、ランダムな順番で特定の運動パターンを生成する別のロボットを真似るといった学習実験も行いました。

 結果、0~1の数であるメタ・プライアーを中間の値にすると、RNNの学習に基づく予測が、どちらの実験においても、最適になることを発見しました。

 社会性の発達や社会的認知の研究に加え、研究チームは、自閉症スペクトラム症(ASD)のモデル化について、このネットワークの可能性を検討したいとしています。谷教授は、次のように考えています。ASD患者は、現実に対し脳内で複雑な表現を作成することで誤差を最小化する傾向があり、このことは、メタ・プライアーの設定を1に近づけたモデルで行えます。そのようなASD患者は、一般化する能力が十分とはいえず、誤差や不慣れな社会的交流を避けるため、一人で同じ状況を繰り返す方を好むことが多いと考えられます。

 こうしたことから、谷教授らは、人間の脳内のメタ・プライアーに似通ったメカニズムを明らかにすれば、今後のASD治療に影響を及ぼすかもしれないと考えています。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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