デジタル・ハグは有効か?

オンライン上で有意義な社会的つながりを育む方法を調査しました。

Digital Hug

「デジタル・ハグ」という言葉は一見矛盾しているように見えるかもしれません。抱擁する(ハグする)という行為と、交流する者同士が身体的に離れているデジタルの世界とどう関係があるのかと思う方も多いのではないでしょうか。

しかしながら、私たちが「ハグ」という言葉から連想するハグの特性や意味は、もしかしたら物理的な行為だけでは説明できないかもしれないと、研究者は提案しています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)とユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの研究チームが、科学誌Frontiers in Psychologyにて8月9日に発表した「デジタル・ハグは有効か?デジタル・タクトを用いてオンライン上で社会生活を再体現する(Do digital hugs work? Re-embodying our social lives online with digital tact)」と題された新しい研究論文で、ハグを特徴づける経験やその結果として生じる安らぎ、いたわり、慰めや、安定感といった感覚は、多数の異なる構成要素の複雑な相互作用から生じるものであり、そのほとんどはデジタル空間でも存続し、工学的に制御することも可能であると述べています。研究チームは、新型コロナウイルス(COVID-19)の大流行による世界的な混乱を背景に、ウイルスの拡散を防ぐための社会的距離などの制限の中で人々が経験したさまざまな側面に焦点を当て、英国、日本、メキシコの成人(18歳以上)を対象にオンラインアンケート調査を実施しました。そして、これらの先行研究のデータを用いた分析して、今回の研究論文をまとめました。

「先行研究のアンケート結果では、人々の多くの経験が明らかになりました。一部の人々はうまく対処しているように見え、コロナ禍においても社会的関係を促進できるテクノロジーとその能力を評価しているようでした」と、本論文の筆頭著者でOIST身体化認知科学ユニットの研究員であるマーク・ジェームズ博士は言います。「一方で、コロナ禍の状況に明らかな不安を感じている人々もいました。これが今回の研究の出発点となりました。私たちは、交流(インタラクション)を定義するのは技術だけではないことに気づきました。インタラクションが行われる前、最中、そして後に何が行われたか、たとえばそのインタラクション自体をどう思い返すかが、オンライン上の社会的な体験を形作る上で重要な意味を持つようになったのです。」

このような多様な経験の成り立ちを理解するため、パンデミックの初期段階行ったアンケート結果や多くのメディアで頻繁に言及されていたことを考慮しながら、研究チームは身体的なハグに焦点を当てて、その構成要素を調査しました。「どのような経験も、その構成要素に分解することができます。これらの要素とその次元が交差することで、独自の経験が生まれるのです」とジェームズ博士は説明します。ハグ(あるいはその他の行為)の経験を、物理的、仮想的、そして想像上の要素に分解して検討するための手段として、3×3のグリッドを用いたMRIM(Mixed Reality Interaction Matrix)というフレームワークを使用しました。「このフレームワークは、すべての構成要素が等しく影響を及ぼすことを意味するものではありません。このようなフレームワークを通じて、どの要素がより関連性が高く、経験により貢献しているかを検討し始めることができるのです。これは主観的な体験の要素を把握しようとする試みなのです。」

ジェームズ博士は続けます。「MRIMフレームワークを用いて、身体的なハグの要素を調査した際、相手に触れるという要素以外はデジタル空間への変換が可能であることに気がつきました。そして、それだけではなく、場合によってはそれら要素を増幅することも可能であることが分かりました。つまり、個々のインタラクションの構成要素のボリュームを高めることができる人は、身体的な接触といった、本来デジタル空間では実現不可能な要素の欠如を補うことができるようなのです。」

通常、社会的な対人スキルを養うには長い時間がかかります。そして、社会的慣習を理解し、異なる状況に応じて会話を続ける能力など、環境に合わせた適切な方法でスキルを使うことが求められます。「良好なデジタル上の社会的交流を特徴づけるのは、適切なスキルを適切な方法で適切なタイミングで使うことができる人々です。そしてそれによって、意味やつながり、ケアの感覚が生まれることがあります」と、ジェームズ博士は付け加えます。「デジタル・ハグは、主にはスキルの問題なのです。この一連のスキルを、私たちは「デジタル・タクト 」と名付けました。」

「オンライン上でのソーシャルインタラクションに秀でている人々を観察することで、私たちはデジタル・タクトと名付けた一連のスキルの特定を始めました。このような人々は、リアル同様に、デジタル空間でも既存の規範や慣習を持ち合わせ、物事に対する最善の対処法をもち、そして重要なことに、その空間を共有する他の人々、つまり自分とは異なる感情や欲求を持った生身の人々がいるということを理解している人たちです。逆の立場で考えると分かりやすいかもしれません。例えば、皿洗いをしていたり、何らかの作業をしていたりする相手と電話をしているとき、会話の最中に食器の音を聞きたくないなどの、あなた側の欲求が考慮してもらえず、相手にこの『タクト』がないと感じることがあるでしょう。タクトの概念は、私たちが対面のやりとりの中で理解し認識しているものであり、触感的な要素を含みます。この概念は、オンライン空間においても、たとえ私たちが彼らのアバターとしかやりとりしていないとしても、画面の向こうには身体を持つ人々が存在しているということを思い出させることを意図しています。

今日、私たちの社会生活の中では、オンラインで行われる部分が増え続けています。ますますデジタル化されていく中で、この研究は、私たちの生活における多くのものが、身体的な社会的相互作用に由来するものであることを再認識させてくれるとともに、たとえ遠く離れた場所にいたとしても、身体的な社会的相互作用を維持し、さらには向上させるためのツールを与えてくれます。最終的に、本研究は、デザイナーや教育者、セラピストや思想家、さらには社会全般に、オンライン上の社会空間とその中での相互作用のあり方を再考するための概念的で実践的なツールを提供し、オンライン空間を共有する人々をよりよくケアする手助けとなることでしょう。次のステップとして、研究チームはデジタル・タクトを実験的に調査していく予定です。

本研究で提案したデジタル・タクトは、デジタル・プラットフォームの欠点や諸課題すべてに対処することはできないかもしれませんが、オンラインコミュニケーションの問題解決につながる一歩として、どうぞ皆さん、「ハグ」で受け入れてください。

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執筆:メガ・カルラ

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