2017-06-09

微細の世界をグラフェンで拡大する

 私たち人間が観察し、測定できるものにおいて、それまでの限界を超える科学装置を新たに開発することは、一朝一夕にはいきません。通常いくつもの小さな段階を経て、その過程で現れる数々の技術的な課題を克服し、継続的に向上し続けていくものです。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の新竹積教授が開発した、最新型の電子顕微鏡も例外ではありません。OIST研究者らは科学誌 Microscopy で、この特殊な顕微鏡の開発において、グラフェンという原子並みの薄さをした膜を複数用いて、極小サイズのウィルスのより高い分解能の顕微鏡画像を入手するための重要な手法について発表しました。

 電子顕微鏡は、観察する試料を照射するのに光ではなく電子線を必要とします。電子線が試料にあたると、電子の散乱が起こり、これを利用して研究者らは観察対象のより正確なイメージを得られるようになります。こうすることで、電子顕微鏡は光学顕微鏡に比べ、より高い分解能を得ることができます。新竹教授が考案した顕微鏡では、光学レンズの代わりに大型の半導体検出器を使用して微小なウィルスにより散乱された電子のパターンを記録し、コンピュータアルゴリズムによって画像を再構築しています。さらに、従来の電子顕微鏡が高エネルギー電子を必要とするのに対し、この顕微鏡では、低エネルギーの電子を用います。関連するその他の技術的課題を克服できれば、これまで以上に鮮明なウイルス画像を入手できる可能性があります。

汎用顕微鏡をもとにカスタマイズ、機能が拡充されたことで、より微小スケールで高分解能の画像が観察できるようになった。この特殊顕微鏡では光学レンズは使用されていない。

 「低エネルギー電子は、物質と強力に相互作用します」と、本論文筆頭著者の山下真生博士は説明します。「低エネルギーの電子は、高エネルギー電子では基本的に透明にしか映らない、炭素や酸素、窒素などの軽元素から構成される生物試料をイメージングするのに適しています。」

 しかしながら、低エネルギー電子を使用する場合には注意すべき欠点があります。それは低エネルギー電子が物質に対する高い感度を持つため、低エネルギー電子線は、対象となる試料のみでなく、試料を載せるサポートプレートやフィルムといった他の物とも作用してしまい、その結果、得られたイメージは、対象物と背景との区別がつかないものになってしまいます。

 このことを克服すべく、量子波光学顕微鏡ユニットの研究者らは、グラフェンの特徴ある性質に目を向けました。そして、研究対象であるウイルスのような生物試料を置くのに、原子レベルの薄さの一層のグラフェンフィルムを合成しました。

 グラフェンは非常に導伝性の高い素材であり、電子が容易にその層を通過します。よって、低エネルギー電子はグラフェン層との作用が少なく、より強く作用するウイルス試料が、画像では目立って映ります。また、この高い導伝性により、さもすれば得られる画像を歪めてしまう原因になりかねない試料の帯電が起こるのを防ぐことができます。

 「グラフェンフィルムを使うことで、試料と背景の明確な対比を低エネルギー電子で映し出し、仔細にわたり観察できます」。ただ、グラフェンフィルムは取り扱いが困難で、かつ低エネルギー電子による高感度イメージングではフィルム表面を汚れのない理想的な状態にする必要があります。OISTの研究者たちはこのようなグラフェンを作り出すための技術開発に取り組み、今回の成果の報告に至りました。

本研究論文の著者ら。左から二人目:マーティン・チャン博士、中央:山下真生博士、右から三人目:安谷屋秀仁博士、右端:新竹積教授。

 また、グラフェンフィルムの上にウィルス試料をのせる時も課題が生じます。生物試料は親水性で水溶液として調整しますが、グラフェンフィルムの表面は疎水性で油のように水をはじきます。そのため、ただフィルム上にウイルスを載せただけでは分子は互いに凝集し、フィルム上に不均一に分散してしまいます。こうなると試料分子の細かい部分を明確に映し出すことは不可能です。

 この2つめの問題を解決するため、OIST研究者らは遠心機を利用して、フィルムの全表面にウイルスを拡散させることにしました。グラフェンフィルムを底側に取り付けた管の中にウイルスを入れ、管を遠心機の回転軸に対して水平方向に保った状態で1分間に10万回の速さまで回します。すると、遠心力でグラフェンフィルムの全表面にウイルスが押し出され、ウイルス同士が凝集するのを避けられるという仕組みです。こうすることで、電子顕微鏡で各試料を仔細にわたり観察することが可能になります。

バクテリオファージT4の電子顕微鏡イメージ。左画像は、従来の炭素フィルムを用いた。右画像は原子ほどの薄さのグラフェン層を用いた。足や尾にあたる先端部がより詳細に識別できる。スケールバー(黒色の棒状)は20ナノメーター(0.00000002メートル)。

 これらの研究成果は、ウィルス外形の高分解能画像を得ることにつながり、その形状や形態学的詳細はウィルスと戦うためのヒントを与えてくれます。この成功体験をもとに、OIST研究者たちは特定のバクテリアを攻撃することで知られるバクテリオファージT4を観察しました。その結果、グラフェンおよび低電圧の電子線を用いることで、従来の炭素フィルムでは見られなかった、バクテリオファージT4が攻撃相手のバクテリアに感染する時に使う繊維状になった足部分の、微細部分を明らかにすることができました。

 山下博士と研究チームは、顕微鏡画像分解能を向上させるためすでに次の段階へと研究を進めています。画像を再構築したり、将来において様々な試料の形態を調べるにあたり、このような微細なスケールにおける生物試料の複数の顕微鏡イメージを比較するには、それぞれの試料が高い均一性をもって作製されなければなりません。研究者らはこの条件を満たすため、真空下でグラフェンフィルム上にウイルスを噴射させるという、より確実な手法を開発しました。微小のウイルスであっても、この顕微鏡をもってすればその姿を長い時間隠し通すことはできないのです。

(ウィルコ・デュプレ)

広報や取材に関して:media@oist.jp

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