2016-05-20

細胞研究を後押しするペトリ皿の発明:その秘密は電流経路の工夫にあり?

   電気は細胞研究において非常に重要な役割を担っています。しかし、電気を使った研究で悩みのたねとなっているものがあります。それは研究者が細胞の培養に用いる培養皿の形状です。培養皿はプラスチック製の底が浅い円形の容器で、代表的なものとしてペトリ皿などが挙げられます。一般的な培養容器は丸い形をしていますが、均一性の高い電界を容易に発生させるには円形よりも長方形のほうが適しています。ただここで問題なのは、円形の培養皿の中に長方形の容器をはめ込んで電界を発生させようとすると、培養皿には電界が生じていない無駄な空間が残ってしまいます。この問題を解決に導いたのが、一人の大学院生が中心となって発案・遂行した研究プロジェクトです。特許申請につながった今回の研究成果はScientific Report  誌に掲載され、その中で画期的な方法が提示されています。

   沖縄科学技術大学院大学(OIST)マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットでエイミー・シェン教授から指導を受ける学生のシェーフ・サイさんは、主な研究課題として電界下に置かれた細胞の挙動を調べています。「細胞は電流に反応します」とサイさんは説明します。「プラス電極に引き寄せられる細胞もあれば、マイナス電極に引き寄せられる細胞もあります。なかには電流に沿って動くものもあります」。このような細胞の性質は創傷治療をはじめ、神経発生や胚形成を含む初期の細胞形成など、生物医学の主要分野で重要な役割を果たすと言われています。

   細胞の研究を行うとき、環境制御下での作業のしやすさから、ほとんどの研究者が均一電界を好みます。均一性の高い電界を作り出すには長方形の装置が有効です。これは、長方形の両端に位置する2つの電極の間を流れる電流の距離が全て均等になるからです。

   それでも一般的な細胞培養のほとんどが、培養皿のような円形状の環境でおこなわれます。培養皿を使って円の端と端を電極で繋げても均一な電界を作ることはできません。「培養皿の壁面は曲線になっていて、円形容器の中を通る電流経路もそれぞれ距離が異なっています。従って、そこに生じる電界は均一にはならないのです」と、シェン教授は説明します。

   サイさんらはこの問題に対する解決策として、電流経路に手を加えたプラスチック製の円形装置を作製しました。このシンプルかつ安価な画期的装置では、電流経路の長さを全て統一させるため、短い経路をくねらせて、長いほうの経路と同じ長さになるまで延伸させました。

   装置のてっぺんには4つの穴が開いています。そのうちの2つは細胞に栄養を送るもので、もう2つの穴からは 電気を流します。研究チームはまず、細胞を培養皿の底に寝かせ、次に、開発した装置を培養皿の中にしっかりと組み込みました。そして最後に、細胞の成長に必要な栄養素を加え、そこに電流を流しました。

   今回開発された装置は電気の原理に基づいた最適な設計になっています。装置の形状が決まれば、あとは3Dプリンターを使って作製するだけです。このような単純な設計であるため、装置の大きさも標準的な培養皿に合わせて調整することができます。既にOISTでは、マウスの胎児繊維芽細胞の培養に利用されており、研究は順調に進んでいます。

   「ペトリ皿の表面面積のほとんどを使うことができることが、この装置の利点の一つです。そうすることで細胞数を増やすことができ、より多くの実験用試料を生成することができます」とシェン教授は言います。

   さらにこの装置には、細胞研究分野で複数の使い道があります。「今回の研究の主眼は、組織培養に使える装置を開発することでした。研究室では多くの研究者が筋肉や皮膚、肝臓などの機能性生体組織の生成に励んでいます」と、サイさんは説明します。「これらの組織は生成しても生体内の組織と同様の機能をもっていないことがよくあります。これは組織が完全に発育していないからで、例えて言うと、筋力を鍛えるようなトレーニングを細胞にも施さなくてはなりません。電界は細胞の発育を促すために使用される訓練法の一つです」とサイさんは続けます。本研究プロジェクトがきっかけで、すでに生体組織工学を専門とする企業との交流が始まっています。

   実は今回の研究開発は、サイさんが3ヶ月間のラボロテーション中に進められたものです。ラボロテーションとは、OISTが実施している博士課程カリキュラムの一環で、学生は最初の1年間に異なる3つの研究室で様々な研究分野の知識を深めます。このような教育モデルは、高等教育分野では独特な試みと言えますが、イノベーション創出における重要な鍵となることが今回の研究成果で示されました。

   本成果は、OIST細胞シグナルユニットの山本雅教授と、台湾の中央研究院(Academia Sinica)のJi-Yen Cheng博士らも参加して行われた学際的研究によるものです。

(フォンタナ・ミケレ)

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