私たちの身の回りにある「流れ」を捉える

ポリマー及びリビングポリマー溶液の流れに関する新たな知見

 液体は私たちの生活と重要な関わりを持っています。水のような液体はニュートン流体と呼ばれ、それらの粘性は良く知られています。しかしながら、多くの流体は、粘性と同時に弾性も持ち合わせています。そのような流体は、身近な化粧品や洗剤、塗料などに多くみられ、液体とも固体ともとれる粘弾性(粘性と弾性が合わさった性質)の性質を持っています。しかし、それらの流体質がどのように流れを生じるのか、私たちはほとんど知りません。

 それらの流体特性がよく理解されないまま、私たちが普段使用する日用品の多くに使用されています。仮に、粘弾性液体が私たちの生活からなくなるとしたら、シャンプーの豊かな泡立ちや、弾力のあるグミの食感、あるいは丈夫にできたスニーカーの弾むような快適さといった暮らしの愉しみを享受できなくなり、生活様相はがらりと変わってしまうでしょう。

  このような粘弾性を有する流体をより深く理解把握するため、沖縄科学技術大学院大学(OIST)マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットでは、様々な粘弾性流体の特性と挙動について研究しています。同ユニットを主宰するエイミー・シェン教授とグループリーダーのサイモン・ハワード博士は、工業品に広く使用されているポリマー溶液と「リビングポリマー」溶液の2種類の液体について調べています。

 ポリマーとは、複数の構成単位(モノマー分子)が繰り返し繋がった長いひも状分子です。ポリマー溶液は応用範囲が広く、食品やインク、塗料に始まり、目薬や人工の唾液といったものにまで利用されています。これらの長いポリマー分子は、流動中に輪ゴムのように伸び、液体に弾性をもたらします。

 マサチューセッツ工科大学のガレス・マッキンリー(Gareth McKinley )教授との共同研究では、シェン教授とハワード博士が粘弾性ポリマー溶液を4方向から同時に流し、流動パターンを観察しました(図1)。流動複屈折法と呼ばれる実験法を用いて、4方向流路を流れる溶液の速度を上げると、中央結合部を通過するポリマー分子が細長い糸状に大きく伸張する様子を明らかにしました。流動複屈折は、液体を流動させたときに、液体中の光の屈折がわずかに変化することで起こります。この複屈折の変化と、流動している液体の弾性応力との間には直接的な相関関係があります。研究チームは、複屈折が帯状に現れるような強い弾性が、観測された流動パターンの大きな歪みの原因となっていることを発見しました。液体の流れをさらに速めると、流れに大きな変動が生じ、流動パターンが不安定になることも分かりました。

 

図1:流速の増加に伴って、左図から右図に向かって推移する複屈折(上)と流動パターン(下)。流体は上下両方向から中央の分起点に向かって送られ、右と左の流路を通って抜け出ていく。複屈折の測定結果が示すとおり、流体速度が緩やかな条件(左図)では、流れは均整がとれて安定している。一方で、速度が増すと、ポリマーが伸張して歪みが生じる。

 これら一連の実験結果から、伸張状態の流体に不安定性が生じ始めるメカニズムが、よりシンプルな別の流れの粘弾性不安定さのメカニズムと合致していることが明らかになりました。例えば、折れ曲がったパイプの幾何学的条件および流体の特性から、流動が不安定になり始めるタイミングを予測することが可能です。しかし、このような予測が伸張流体においても可能であることはこれまで明らかにされていませんでした。

 押出成形や紡績、インクジェット印刷など多くの生産工程で、粘弾性液体の伸張流動が生じます。流動の不安定性は概して最終製品の品質に悪影響を及ぼすと考えられているため、これらの製造工程では、流動速度を落として生産にあたっています。流動に不安定性が生じるタイミングを測ることができれば、工程速度の最適化および品質の向上につながります。この研究成果はネイチャー・パブリッシング・ジャーナルが発行するオープンアクセス誌、Scientific Reportsに掲載されました。

 OISTの同研究ユニットは、リビングポリマーの流動に関する研究にも取り組んでいます。ポリマーと同様に、リビングポリマーも複数の構成単位が長い鎖状に繋がった構造をしていますが、ポリマーと異なるのは、構成単位の繋がりは化学結合によるものではなく、別の力による結合であるという点です。リビングポリマーの一種、ひも状ミセルは溶液中に懸濁(分散)した長い棒状の凝集体を形成します。これらリビングポリマー材料も、シャンプーや化粧品に配合する添加物や、石油・天然ガスの増進回収法(EOR)に使われる材料として様々な工業用途に使用されています。

 石油や天然ガスを効率よく採取するために、破砕する頁岩(シェール)層にひも状ミセル溶液を注入します。溶液は初めドロッとしたゲル状で、このゲル状液が頁岩に高い圧力を加えて割れ目を形成します。この溶液は炭化水素と接触すると、ミセル集合体が分解して水のような振る舞いに変わり岩間から流れ出てきます。

  ところが、頁岩層内には圧入した溶液の流れを変えてしまう障害物が多く存在します。シェン教授は簡易化したモデルを使って、障害物の存在により、ひも状ミセル溶液の流動パターンがどう変化するかを調べることにしました。以前シェン教授のもとで博士課程を履修していた米ワシントン大学のYa Zhao博士は、障害物として筒状の構造物(シリンダー)を組み込んだ微小な流路を設計し、ひも状ミセル溶液の流れの変化を観察しました。また同博士は、蛍光トレーサー粒子を用いて各溶液の線状の流れを観察し、ニュートン流体とひも状ミセル溶液の流動パターンを比較しました。さらに、流動複屈折法を用いて、ひも状ミセル溶液中の圧力上昇の変化もの測定しました。

 

障害物であるシリンダー周辺を流れるひも状ミセル溶液の流れの動きを捉えた映像。糸状に伸びた流体の様子を、蛍光トレーサー粒子を用いて顕微鏡で可視化した。流体速度が上がると、シリンダー上流で流れの動きが不安定になる。これは、ニュートン流体が下流側で不安定になるのとは逆の現象である。

 ひも状ミセル溶液特有の流動パターンを明らかにした今回の研究成果はSoft Matter誌の表紙裏面に掲載されました。「ニュートン流体とは異なり、ひも状ミセル溶液の流動不安定性は障害物の上流域で生じ始めます。さらに、不安定性の度合いが、流路全幅に対する障害物の大きさと直接関係していることも分かりました」とシェン教授は説明します。

 様々な材料がどのように流れを生じるのか、そのメカニズムを明らかにすることは、用途の最適化には特に重要です。様々な製品や工業プロセスに広く活用されているこれら材料の最適化は製造業者にとっての優先課題です。材料の流れの挙動を理解することは、製品が持つ最大限の可能性を引き出すための重要な一歩となります。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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