巨大な単細胞生物「海ぶどう」の全ゲノム解読

OISTは、沖縄県恩納村漁業協同組合と共同で、沖縄県を代表する食用海藻である、海ぶどう(標準和名・クビレズタ)の全ゲノム解読に成功しました。研究成果は養殖や海の環境の課題解決へ繋がります。

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概要

 沖縄科学技術大学院大学(OIST、沖縄県恩納村、学長ピーター・グルース)は、沖縄県恩納村漁業協同組合と共同で、沖縄県を代表する食用海藻である、海ぶどう(標準和名・クビレズタ)の全ゲノム解読に成功しました。海ぶどうは長さ10〜20cmにもなる緑藻の一種ですが、実は、沢山の核を含むたった1個の細胞でできている、生物の体作りという観点からとても不思議な生物です。この度、研究チームはこの巨大な単細胞海藻のゲノム解読に世界で初めて挑みました。

 その結果、海ぶどうのゲノムのサイズは、養殖・栽培されている農水産物の中でも最小クラスの2,800万塩基対で、遺伝子の数もわずか9,000ほどであることが明らかになりました(※1 )。また、海ぶどうは野菜や果物などの陸上植物とは全く別の生物であるものの、成長に関しては類似した遺伝子が関わっている可能性が示唆されました。
本研究によって解読されたゲノム情報を利用することは、複数の学術分野における意義が見い出されたことを意味し、今後、以下のようなことが期待されます。

  1. 生物学的意義:なぜ細胞1個でこのような複雑な形作りができるのかという謎の解明
  2. 水産学的意義:沖縄県の基幹水産業へと成長中の海ぶどう養殖における栽培課題の解決
  3. 環境科学的意義:海ぶどうの仲間の生息域拡大による海の環境破壊に対する解決策の探索

 本研究成果は、2019年3月28日発行の英国の科学雑誌DNA Researchに掲載されました。

 

海ぶどうがたっぷり乗った人気のメニュー、海ぶどう丼。  

 

OISTの研究者らが海ぶどうの全ゲノム解読に成功しました。その複雑な形態と独特の歯触りは、この単細胞生物に特異的な遺伝子セットによって実現されていることが示唆されました。
Music: "Dry Air" by Podington Bear, Licensed under Creative Commons (CC BY-NC 3.0)


研究の背景と経緯

 海ぶどうはブドウのように粒がついた房を持ち、キャビアのような独特の食感から食用として人気が高い沖縄県特産の海藻です。他の数多くの海藻と違い、海ぶどうは天然または海で養殖されたものではなく、野菜や果物のように陸上のビニールハウス内に作られた海水プールで育てられます。この画期的な養殖方法が開発されたことで海ぶどうの大量栽培が可能となり、その生産額は2013年に沖縄県内で10億円を超え(※2)、その後も増加を続けています。

 一見すると軌道に乗りつつある海ぶどう養殖ですが、食用部位である粒ができにくいなど、海ぶどうの形作りに関係した問題が養殖関係者を絶えず悩ませています。しかし、「海ぶどうは巨大な単細胞生物であるため、多細胞生物である他の植物や海藻を対象に開発された栽培方法をそのまま取り入れても問題を解決することができないのです。そこで私たちは、特殊な体の構造をもつ海ぶどうの形作りを担うメカニズムの全体像を把握・制御したいと考え、そのメカニズムの根幹を規定するゲノム情報の解読に取り組みました。」と、本研究論文の筆頭著者で、OISTマリンゲノミックスユニット(佐藤矩行教授)の研究員である有本飛鳥博士は研究に取り組むことになったきっかけについて説明します。  

 

OISTマリンゲノミックスユニットの研究者らは、沖縄県恩納村漁業協同組合から提供された海ぶどうのゲノムを解読した。 写真は、健康な海ぶどう(左)と、生育不良の海ぶどう(右)

研究内容

 研究チームは、沖縄県恩納村漁業共同組合で養殖された海ぶどうからDNAを抽出し、OISTが保有する次世代型ゲノムシーケンサー(超並列シーケンサー)を駆使して、その全ゲノム配列を解読しました。

 まず、超並列シーケンサーから出力された配列データをつなぎ合わせ、全長2,800万塩基対のゲノム配列を決定しました。決定されたゲノム配列は36本の配列に95%の塩基が含まれており、各遺伝子がどのようにゲノム上に配置されているか知る上で有用な情報を得ることができます。

 次に、ゲノム上に見つかった9,311個の遺伝子の中から海ぶどうに特異的な特徴を探しました。その結果、タンパク質の細胞内の配置を制御する遺伝子が失われつつある一方で、細胞核の物質の出入りを制御する遺伝子や、陸上の緑色植物で生活環境や葉の形作りなどを制御するTALE型ホメオボックス遺伝子(※3)などが多様化していることがわかりました。

 これらの結果は、巨大な単細胞生物である海ぶどうの形作りが、多細胞生物や微細な単細胞生物とは異なるメカニズムでタンパク質を必要とされる部位に配置したり、細胞核自体が物質の輸送を制御することで実現されていることを示唆しています(※4)。一方で、海ぶどうが単細胞生物でありながら、巨大で複雑な体の構造を獲得したきっかけには、陸上植物と同様にTALE型ホメオボックス遺伝子の増加が鍵となった可能性が示唆されました。

 

OISTマリンゲノミックスユニットは、単細胞生物の海ぶどうがこのような複雑な形体を発達させるのか調査を行った。   
Ken Maeda

今回の研究成果のインパクト・今後の展開


 本研究で解読された海ぶどうのゲノム配列と遺伝子の情報を用いることで、生育不良に陥った個体ではどのような遺伝子の働きが過剰なのか、または欠如しているのか判定できるようになります。海ぶどうの健康を遺伝子レベルで診断する枠組みが整えられたことで、生育不良を引き起こす環境要因を解消する取り組みや、生育不良を起こしにくい品種の選別と作出が可能になります。このことは、地球温暖化などで一層課題が多くなることが予想される海ぶどう養殖への改善策を提供することとなるでしょう。また、巨大な単細胞生物が複雑な形を作り上げる仕組みを解き明かすための研究基盤が確立されたことで、将来的には粒の大きさや数などを自在に制御することも可能になることが期待されます。さらに、本研究論文の共著者で、OISTマリンゲノミックスユニットのグループリーダーである將口栄一博士は、「本研究で得られたゲノム情報は、海ぶどうを対象とした学術的、水産学的利用のみならず、外来種問題を引き起こしている近縁な海藻の繁殖対策にも有益な知見をもたらすかも知れません。」と述べ、本研究成果がもたらしうるさらなる意義について語りました。

 

本研究の著者ら。左から佐藤矩行教授、久田香奈子技術員、有本飛鳥研究員、新垣奈々リサーチサポートリーダー、西辻光希研究員

用語説明

※1 ゲノムサイズが小さい水産物として知られるオキナワモズクは約13,000の遺伝子を含む約1億4千万塩基のゲノムをもつ。また、我々ヒトのゲノムは約30億塩基であり約20,000の遺伝子が含まれる。

※2  沖縄農林水産統計年報, 2015.

※3  TALE型ホメオボックス遺伝子

ホメオボックス遺伝子は各種の遺伝子の転写制御に関わる因子。植物や動物など様々な生物の形態発達を調整する役割を持ち、特定の遺伝子のスイッチをオン・オフすることで、細胞が組織の構造を形作る過程をコントロールする。

※4  海ぶどうが仕切りのない細胞で複雑な形を作り上げられるのは、体の部位ごとにゲノムDNAを包み込む構造である核膜が特殊化し、その種類に応じて遺伝子のスイッチを制御する物質が選択的に細胞核に取り込まれるためだと考えられる。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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