2018-11-09

起伏のある表面を粘りのある流体が流れたら?

  耳慣れない言葉かもしれませんが、「粘弾性流体」は、人の静脈内や、アラスカを縦断する1,300キロメートルの原油パイプラインの中まで、至るところに存在します。粘弾性流体は油や水のようなニュートン流体とは異なり、粘着性の唾液のように引き伸ばすことができます。この驚異的な動作を可能にしているのが流体内にある鎖のような分子で、科学者たちはそれが流体の流れにおよぼす影響を理解するための研究を続けています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者たちは、粘弾性流体が起伏のある波状の表面をどのように流れるかを実証することによって、私たちを答えに一歩近づけてくれました。しかもその結果は、想定していたものではなかったのです。

 マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのグループリーダーで、本研究の筆頭著者であるサイモン・ハワード博士は、「答えは直感的な発想から出たものではなく、私がこの流体と約20年間関わってきた結果によるものです。」と語ります。2018年11月5日にPhysics of Fluids 誌に掲載された論文には、粘弾性流体の新しい理論を検証した3つの研究のうちの3番目の研究について書かれています。

マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットの研究者たちは、トレーサー粒子というものを液体に混ぜることで、流体の流れを捉えることを可能にした。各画像は、それぞれ異なる時間に取られたもので、時間の経過とともに移動する粒子が確認できる。

提供: 
Micro/Bio/Nanofluids Unit


驚くべき“隠れ身の術”

  例えば滑らかな管の中を水が流れるとき、その流れは全体的に均一です。一方、波打った表面などに接触した場合、均一だった流れは海岸で見る波のように崩れ始めます。水の流れは,表面に存在する山と谷による影響を受け、らせん状の渦を描く動きに変わります。この糸を紡ぐような回転運動は渦流として知られ、波打った表面の近くで最も顕著になり、そこからある程度予測できる地点で消滅します。

  これまで、水や他のニュートン流体におけるこのような現象は何度も観察されてきました。ただ、粘弾性流体において同様の実験は行われておず、はるかに異なる挙動を示すだろうと予想されていました。OISTの研究者たちはこの研究知識の間にある空白を埋めようと試みたのです。

  最近発表された理論的研究において、粘弾性流体の流れは、ニュートン流体と同様に波状の表面上で渦流を発生するものの、一つの決定的な違いを示すことが示唆されています。ニュートン流体において観測される渦は表面から離れるほど減衰しますが、粘弾性流体の渦は特定の離れた距離のところで増幅されるのです。渦が増幅される領域を理論では「臨界層」と呼びますが、これまで実験的に観察されたことはありませんでした。

  「臨界層の位置は流体の弾性に依存しています」とハワード博士は語ります。より多くの鎖のような分子(高分子)が流体内に含まれるほど弾性が増します。そして、流体の弾性が高いほど、その臨界層の位置は波状の壁から遠ざかっていきます。さらに流体の弾性が高くなると、臨界層が壁からあまりにも遠く存在することになるため、結果として壁付近の渦流は臨界層による増幅効果を受けなくなります。

  ハワード博士はこうも説明します。「通常、流体の粘弾性が高いほど、より変わった現象が見られると思いがちです。しかし、この場合、流体の弾性が高いと逆にそういった変わった現象が消えてしまうのです。」


研究知識の重大な隙間を埋める

  過去に、マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットはこの臨界層での動きをとらえるための特別な実験と特殊な装置を設計してきました。その努力は今回、波打った壁付近に観測される流れを初めて実験的証拠として解明することになりました。研究者たちは、流れの幅を拡張したり、波打った表面の波長(山と谷の間隔)を長くしたり、流体の流速を変えたりした場合などに、この臨界層がどのように変化していくかを説明する詳細な相図も作成しました。

マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットによる波状の表面における粘弾性流体の流れについての研究結果を要約した相図。流れのパターンは、流体の弾性(縦軸:シグマとして表記)および表面の波長に対する流路の深さ(横軸:アルファ)に依存。図の右下は、弾性と流路の深さが最適なバランスなため、「臨界層」で渦度の増幅につながったもの。

提供: 
Micro/Bio/Nanofluids Unit

  「理論は直感に反するようなものと感じていたので、私たちの実験結果が、理論により予測された相図と全く同じ結果になったことには驚きました。私たちの実験により、理論が完全に立証されました。」とハワード博士は言います。

  このような包括的な研究は、今後の粘弾性流体の研究に対するしっかりとしたスタート地点を確立しました。伸縮する流体の基本的な特性は、石油産業、医学およびバイオテクノロジーに直接関係し、私たちの身の周りの世界を形作るのにも役立っています。この研究結果から、今後は臨界層の要素を計算式などに組み込むことにより、適応性の改善や粘弾性流体の新たな可能性を将来の研究に役立てることができます。

(Nicoletta Lanese)

広報や取材に関して:media@oist.jp