アートが物理と出会うとき

物理学者が提案する、アートの傑作を生み出すための方法

Art meets physics

筆先から落ちるインクのしずくが画面に触れると、インクは複雑な模様を織り成し、刻々と変化する美しい名作が花開きます。模様には、枝分かれした雪の結晶のようなもの、雷のようなもの、ニューロンのようなものもあり、これらはアーティストの想いを唯一無二の表現へと導きます。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、デンドリティック・ペインティング(樹状模様のアート)と呼ばれるこの魅力的な技法の物理的原理を調査しました。本研究は、メディアアーティストの中山晃子氏の作品から着想を得ています。アクリル絵の具を塗った平らな面の上に、アルコールを混ぜたカラフルなアクリルインクのしずくが落とされると、美しいフラクタル模様(自然界によく見られる、異なる縮尺で繰り返される樹木のような幾何学模様)が現れます。中山氏のライブペインティングで目の前で鑑賞することができるこの現象は、創造性のみならず、流体力学によってもたらされる芸術表現です。

中山氏は、「私は中谷宇吉郎や寺田寅彦といった、科学者でありながら芸術の分野でも優れた作品を残している作家がとても好きです。まっすぐに事実を観察し、条件を変えながら、現れる現象を研究する姿勢を大変リスペクトしています。今回、OISTの物理学者であるチャン・サントさんからご連絡いただき、研究の一部である美しいパターンの違いを見せてもらったことはとても幸運でした。原理への触れ方において少しずつ異なるアプローチをすると、樹形がそれに応える形で姿を変えるということを知りました。現象と会話をできていることがとても羨ましく思い、その秘密の会話を聞かせてもらえたことが嬉しいです」と説明します。

中山晃子氏によるライブペインティング
画像提供:中山晃子
画像提供:中山晃子

「画家たちは、ユニークな作品を生み出すために流体力学をしばしば利用してきました。ダビッド・アルファロ・シケイロス、ジャクソン・ポロック、土佐尚子など、例を挙げればきりがありません。私たちの研究室では、そうした芸術的な技法を再現し、その特性が最終的な成果にどのように影響するかを理解するために研究しています」とOISTの力学と材料科学ユニットを率いるエリオット・フリード教授は述べ、科学的な視点からデンドリティック・ペインティングを鑑賞する醍醐味を話しました。

アクリル絵の具のフラクタルを使った実験
動画提供:チャン・サント博士(OIST)
Dr. San To Chan (OIST)
アクリル絵の具のフラクタルを使った実験
動画提供:チャン・サント博士(OIST)

画面に落とされたインクとアルコールでできた液滴は様々な力の影響を受けます。その一つが表面張力、すなわち雨のしずくを球状にしたり、池の水面に木の葉を浮かばせたりする力です。ここで注目するのがアルコールの特性です。アルコールは水よりも速く蒸発するため、液滴の表面張力が変化します。液体の分子は、中心部に比べて表面張力の高い液滴の縁の方に引っ張られる傾向があり、これをマランゴニ効果と呼びます。これは、ワインの涙(スワリングや傾けた後にワイングラスの内側にできるワインのしずくや筋)と同じ現象です。

第二に、この芸術技法では、下地の塗膜も重要な役割を果たします。チャン博士は様々な種類の液体をテストしました。フラクタル模様が現れるためには、液体はせん断によって生じるひずみで粘度が低下する流体でなければなりません。つまり、ケチャップのような振る舞いをする流体です。ケチャップは振らないとボトルから出しにくのは、ケチャップの粘度がせん断ひずみによって変化するためです。ボトルを振るとケチャップの粘度が下がり、料理の上にかけることができるのです。しかし、これをデンドリティック・ペインティングにどう応用するのでしょうか?

チャン博士はこう説明します。「デンドリティック・ペインティングでは、インク液滴が広がる際に、下地のアクリル絵の具の層をせん断します。ケチャップのボトルを振るほど強くはありませんが、それでもせん断ひずみの一種です。ケチャップと同じように、応力が大きいほどインク液滴は流れやすくなります。」

フリード教授は、「このデンドリティック・ペインティング技法の背後にある物理学は、土壌などをはじめとする、多孔質媒体中を液体が移動する仕組みに似ていることも研究で示しました。アクリル絵の具の混合物を顕微鏡で見ると、ポリマー分子と顔料でできた微細構造によるネットワークを見ることができます。インク液滴は、この下地部分に広がるネットワークを通り、最も抵抗の少ない経路を通って、樹状模様に至る道を見つける傾向があるのです」と付け加えます。

樹状模様はそれぞれ独特な樹状模様ですが、仕上がりを調整するための重要な点が少なくとも2点あります。まず最も重要な点は、表面に塗る絵の具の層の厚さです。チャン博士の観察によると、絵の具の層が0.5ミリより薄いときに、洗練されたフラクタル模様が現れるといいます。

二つ目の要因は、絵の具と希釈剤の濃度です。実験では、希釈剤と絵の具の割合を3対1、または2対1にしたときに、最も精細なフラクタル模様が得られました。絵の具の濃度が高いと、液滴がうまく広がりません。逆に絵の具の濃度が低いと、境界線がぼやけてしまいます。 

インク液滴
50 vol%のアルコール(イソプロパノール)を含むインク液滴が、異なる塗料濃度(11%、20%、33%)のアクリル絵の具を厚さ400マイクロメートル塗布した表面上に広がる様子を、約40秒間にわたって撮影したスナップショット。右端の列の画像は、液滴の縁を拡大したもの。塗料濃度が高いほど、液滴の縁はくっきりとしたフラクタル状になる。
50 vol%のアルコール(イソプロパノール)を含むインク液滴が、異なる塗料濃度(11%、20%、33%)のアクリル絵の具を厚さ400マイクロメートル塗布した表面上に広がる様子を、約40秒間にわたって撮影したスナップショット。右端の列の画像は、液滴の縁を拡大したもの。塗料濃度が高いほど、液滴の縁はくっきりとしたフラクタル状になる。

力学と材料科学ユニットが科学とアートの融合プロジェクトに関わるのは今回が初めてではありません。OISTキャンパス内に設置している、可動式のアート「メビウス・カレイドサイクル」は、同ユニットが発明した機械装置の一つで、新たな電子特性を持つ化学化合物を設計するためのヒントとなる可能性を秘めています。

現在、チャン博士は、スケッチや絵画の複雑さが、その制作の過程でどのように変化していくかを分析する新たな手法も開発中です。チャン博士とフリード教授は、これらの方法を応用し、実験的に撮影した、あるいは数値的に生成した、流れる流体の画像に隠された構造を発見できるかもしれないと考えています。

チャン博士は「なぜ科学を技術的進歩だけに使わないといけないのでしょうか?」と疑問を投げかけます。「科学が芸術に革新をもたらす可能性も探りたいのです。私はデジタルアートに関わっていますが、伝統的なアーティストを心から尊敬しています。様々な材料を試して、作品の中に隠された物理学を共同で探求することに興味のあるアーティストの方がいれば、ぜひご連絡ください」

 

番外編 -  自宅でデンドリティック・ペインティングを作ってみましょう!

誰でもデンドリティック・ペインティングの制作を楽しむことができます。必要な材料は、つるつるとした表面の下地(ガラス、合成紙、陶器など)、筆、ヘアブラシ、消毒用アルコール(イソプロピルアルコール)、アクリルインク、アクリル絵の具、ポーリングメディウムといった希釈材です。

  1. アクリル絵の具をポーリングメディウムで2~3倍に薄めます。
  2. これをヘアブラシを使ってガラスなどの表面に均一に塗ります。OISTの物理学者たちは、絵具の厚みが結果に影響することを発見しました。きれいなフラクタルを作るには、絵の具を0.5ミリより薄く塗ることをお勧めします。
  3. 消毒用アルコールとアクリルインクを混ぜます。インクの濃度は調合によって異なるので、アルコールとインクの比率を変えながら混ぜて試してみてください。
  4. 白い絵の具がまだ濡れている(乾いていない)間に、アルコールを混ぜたインクを、筆や竹串、つまようじのような道具を使って一滴ずつ塗ります。
  5. 出来上がった作品をお楽しみください。

専門分野

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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