上陸するハリケーンの寒気核を解明

ハリケーンが上陸後に減衰するか勢力を増すかを知る重要な手がかりをシミュレーションによって得ることに成功しました。

本研究のポイント:

  • ハリケーンは、通常は上陸後に減衰するが、温帯低気圧に移行して再び勢力を増し、内陸部の広範な地域で被害をもたらすこともある。
  •  従来は温帯低気圧への移行を説明する際に寒気核の存在が確認されていたが、本研究により上陸するすべてのハリケーンで寒気核が自然に形成されることが判明した。
  • 熱帯低気圧中の水分を計算に入れて上陸するハリケーンのシミュレーションを行ったところ、寒気核が検出された。
  • 寒気核はハリケーンの下層から徐々に発達し、時間の経過と共に暖気核に取って代わることが確認された。
  • 本研究は、気象予報士がより正確に内陸地域が異常気象の影響を受けるかどうかを予測するのに寄与する。

プレスリリース

ハリケーンは、外洋で発生し強い勢力を持つ気象現象です。暖かい海からの水分をエネルギー源として勢力を強め、海上を長距離に渡って移動し、ついには陸上で猛威を振るいます。しかし、ハリケーンが上陸後にどうなるのかは未だ詳しく解明されていません。

このたびPhysical Review Fluids誌に掲載された研究では、上陸するハリケーンがどうなっていくかをシミュレーションで調べました。その結果、ハリケーンの上陸後に中心部にあった高温で活発な空気に代わって、冷たい空気が発達してくることがわかりました。これは予想外の発見であり、内陸地域に達する異常気象の勢力を予測するのに役立つことが期待されます。

本論文の責任著者で沖縄科学技術大学院大学(OIST)の流体力学ユニットを率いるピナキ・チャクラボルティ教授は、次のように説明しています。「一般的に、ハリケーンは上陸後に勢力を弱めて消滅します。しかし、時には内陸部で再び勢力を増し、海岸から遠く離れた地域で洪水などの大きな被害をもたらすこともあります。ですから、ハリケーンの進路を予測することは非常に重要です。」

地域によっては熱帯低気圧や台風とも呼ばれているハリケーンですが、温帯低気圧に変わる際にこのように勢力が再び強くなる現象が見られます。温帯低気圧は熱帯地域以外で発生する嵐で、海洋の水蒸気をエネルギー源とする熱帯低気圧とは異なり、周辺の不安定な大気からエネルギーを得ます。この不安定性は、暖かく軽い空気と、冷たく密度の高い空気の境界線である前線として現れます。

論文の筆頭著者で、流体力学ユニットにて博士課程を修了したOIST学生(当時)のリン・リー博士は次のように説明しています。「前線は常に不安定ですが、通常、エネルギーの放出は非常にゆっくりです。ハリケーンが接近すると、前線が乱れてエネルギーの放出が加速し、ハリケーンの勢力を再び増大させます。」

しかし、このように勢力が再び強くなるのは、ハリケーンが特定の複雑な方法で前線と相互作用することによって起こるため、このような現象が起こるかどうかを予測することは、気象予報士や予報官にとって難しい課題です。これを客観的に見極めるための重要な特徴として現在用いられているのは、上陸するハリケーンに前線からの冷気が流れ込むことにより発生する寒気核の存在です。

ところが、チャクラボルティ教授とリー博士がハリケーンが上陸後にどうなるかをシミュレーションしたところ、前線のない安定した大気でも、上陸したすべてのハリケーンに寒気核が存在し、ハリケーンが減衰するにつれて下層から上層まで発達していることが判明しました。

ハリケーン内と周りの空気の気温の違いを示す動画。上陸時には、ハリケーンの中心部は下層から上層まで暖気で満ちているが、時間の経過とともに、冷気が上層に向かって増大し、暖気は減少していく。

「これは、ハリケーンが上陸して減衰し始めるときに自然に訪れる結果のようです」とリー博士は述べています。

これまでの理論モデルでは、上陸するハリケーンに蓄えられた水分が考慮されていなかったため、寒気核の発達が見逃されていた、と研究チームは説明しています。

「通常モデル上ではハリケーンが陸地に移動して水分の供給を失うと、回転するただの乾いた空気の渦となり、カップの中で渦を巻く紅茶のように、陸地の表面との摩擦によって減速するものと考えられていました」とチャクラボルティ教授は説明しています。

しかし、上陸するハリケーンに水分が蓄えられているということは、ハリケーンの減衰にはまだ熱力学が重要な役割を果たしています。

温暖な海洋上にあるハリケーンには、水分を多く含む空気が流入します。この空気が上昇すると、膨張して冷やされ、「小さな空気の包み」に収まる水蒸気の量が減少します。そのため、包みの中の水蒸気が凝縮して熱を放出します。つまり、これらの小さな空気の包みは、ハリケーンの外側にある周辺の空気よりも冷却速度が遅くなり、暖気核を形成するのです。

北半球のハリケーンは、空気が反時計回りに猛烈な速さで回転する。その際、空気は中心に向かって吹き込みながら上昇し、外側に向かって吹き出す。湿った空気は上昇しながら凝縮して熱を放出し、ハリケーンの内部に暖気核を形成する。

しかし、ハリケーンが上陸すると、海上よりも水分が少ない空気が内部に流入します。そのため、空気の包みは水蒸気が凝縮する温度に冷される前に高度まで上昇し、熱の放出が遅れます。つまり、すべての空気の包みが上方に向かって移動しているハリケーンの下層では、空気の包みがあらゆる方向にランダムに移動している周辺の大気よりも温度が低く、寒気核が形成されるのです。

「ハリケーンが減衰するに従って、内部に蓄えられていた水分が次から次に消費されるため、空気の包みは凝縮が起こる前により高度に上昇します。そのため、時間の経過と共に寒気核が増大し、暖気核が縮小します」とリー博士は説明しています。

ハリケーンが陸地に移動すると、水分の供給がなくなり、空気中の水分量が減少する。空気は、水蒸気が収容できなくなる温度に低下する前により高度に上昇するため、水蒸気の凝縮による熱の放出がより高い位置で発生し、暖気核がハリケーンの上半分に縮小する。一方で下層には上昇する空気によって寒気核が形成される。

研究チームは、寒気核の理解が深まることにより、減衰しつつあるハリケーンと温帯低気圧に移行しつつあるハリケーンをより正確に見分けることができるようになると期待しています。

チャクラボルティ教授は、次のように締めくくっています。「ハリケーンには暖気核があり、温帯低気圧には寒気核があるという単純な話ではもはやありません。陸上で減衰しつつあるハリケーンでは、寒気核がサイクロンの下層部にのみ存在するのに対し、温帯低気圧では寒気核がハリケーンの上層にまで達しています。これが、気象予報士や予報官が探すべき特徴です。」

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ヘッダー画像は、2018年に米国東海岸に上陸したハリケーン「フローレンス」を国際宇宙ステーションから撮影したものです。

論文情報

発表先及び発表日:Physical Review Fluids 2021年5月26日(火)
論文タイトル: Birth of a cold core in tropical cyclones past landfall
DOI: dx.doi.org/10.1073/pnas.2101634118
著者:Lin Li and Pinaki Chakraborty

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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