新しい行動療法でADHDを持つ子どもの母親を支援

OISTでは、ADHDを持つ児童の家族向けに、日本文化に合わせたペアレンティング・プログラム(子育て支援プログラム)の開発に取り組んでいます。

tripp unit ADHD parent training

   日本では、ADHD(注意欠如・多動症)に特化した行動治療の選択肢が限られているという現状があります。こうした中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らは、英国で開発されたADHDを持つ児童のペアレンティング・プログラムを日本の家族用に適合するように修正し、新たなプログラムを完成させました。

   日本心理学会の英文機関誌ジャパン・サイコロジカル・リサーチに掲載された「ニューフォレスト・ペアレンティング・プログラム・ジャパン(NFPPジャパン)」には、この新しいプログラムの有効性に関する事前事後研究の検証結果が報告されています。それによると、母親の子育て行動やストレスの改善に加え、子どものADHD症状の減少が見られ、このペアレンティング・プログラムが、日本におけるADHDを持つ児童のための効果的な行動療法であることが示されました。

   児童のADHDの治療に関する国際的なガイドラインでは、認定された治療薬の使用または行動療法を単独で行うこと、または両方を併用することなどが推奨されています。多くの欧米諸国と比較すると、日本ではどちらをとっても、その選択肢が少ない状況です。科学的根拠に基づいてその効果が実証された行動療法を受ける機会については、経験のある専門家の人手不足など様々な理由により、さらに限られています。

   OISTの研究員らは、初めにADHDを持つ子どもの日本人の保護者の協力を得て予備調査を実施しました。基本的な行動療法の手法を基にした既存のペアレント・トレーニングを用い、プログラム内容、評価方法およびグループ形式プログラムの運営方法などについてその適応性を調査しました。参加者を募集するにあたっては、保護者の性別にはこだわらず参加希望者を募りましたが、連絡をしてきたのはすべて母親で、その中から研究参加の条件を満たした5人の母親が研究へ参加しました。その結果、ADHDを持つ子どもの子育てで経験する難しさを他の母親と理解し合い共有できるという意味でグループプログラムが評価された一方で、ADHDの原因についての十分な説明や、ADHDに特化した行動手法を取り入れた演習を増やしてほしいという要望がありました。OIST研究員らはこうした意見に応える形で、プログラム開発者の協力を得ながら、日本人に合わせた日本語版ニューフォレスト・ペアレンティング・プログラムを開発しました。

 

NFPPジャパン(ニューフォレスト・ペアレンティング・プログラム・ジャパン)は、ADHDを持つ児童の母親により効果的な子育てを習得してもらうための支援を提供します。この写真は、NFPPジャパンに取り組むOIST発達神経生物学ユニットの島袋博士とDVD作成のために協力してくれた島袋博士の姪がNFPPの技法を実演している一場面で、ADHDを持つ子どもの注意を向けさせる効果的な手法を用いているところです。保護者らの許可を得た上でDVDを公表しています。

   「ADHDを持つ子どもたちにとっては、適切な行動を取った直後に褒められるという報酬を得られることが重要です。」と、日本人家族に合わせたNFPP開発の推進役となったOIST発達神経生物学ユニットの島袋静香博士は説明します。「一般的に日本人は西洋人の親に比べると褒め方が控えめなので、多くの日本の母親にとってこの文化的慣例とは異なるやり方に変えていくことが難しい場合があります。」

   研究員らは、先に行われた予備調査の結果から得た意見をもとにして、ADHDを持つ子どもの母親のみを対象としてプログラムを実施し、その有効性を評価するための事前事後研究を行いました。プログラム中の一般的な子育て方法に関する講座4つを、ADHDを持つ児童を養育する親のために特化した6つの講座と置き換えました。さらに、子どもの行動療法が始まる前に、母親のADHDに対する理解を深めることや、子育てに対する自信を高めてもらうことを目的に、母親のための講座5回を追加しました。

   その後、研究員らはNFPPジャパンとして生まれ変わったプログラムの効果を、子どもの行動、母親の心理的健康、そして子育て行動における変化によって評価するため、17人の日本人の母親の協力を得て事前事後研究を行いました。

   プログラム参加前と後に行った母親たちのアンケートの評価によると、参加直後の時点において、子どもたちのADHD症状の大幅な減少、母親の子どもの行動 に対する過剰反応の減少、また親の役割から感じるストレスの減少などの結果が見られました。

 

左から)OIST発達神経生物学ユニットのゲイル・トリップ教授、仲西恵美さん、島袋静香博士

   発達神経生物学ユニットを率いるゲイル・トリップ教授は「プログラムへの評価が参加した母親たちからのものに基づくものであることから、私たちが実際に得た前向きな結果が、母親たちの子どもの行動に対する見方が変化したのか、それとも母親の対処方法が変化したためであるのかは明確に判断できません。」としながらも、「とは言ってもやはり、親子関係を向上させるということはADHDとつきあっていく上で大切なステップです。」と述べています。

   今後、NFPPジャパンの研究は、子どもの行動と親子関係に関して、客観的な評価を用いて行っていくことに焦点をあてます。現在、その効果を検証するためのランダム比較化研究を行っている最中ですが、このプログラムの効果を実証できれば、いずれ日本において、子どものADHD症状を効果的に改善させるための治療方法の1つとして一般に普及することでしょう。

専門分野

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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