素粒子の医療応用を加速

菅原寛孝教授が、素粒子・原子核物理技術の医療応用を目的とした新ユニットを立ち上げました。

   この度、沖縄科学技術大学院大学の菅原寛孝教授が、最先端医療機器開発ユニットを立ち上げました。同ユニットでは、素粒子と原子核物理学の研究を応用し、医療技術の向上を目指します。菅原教授は、ユニット発足の足掛かりとなった2つの研究プロジェクト、新がん治療法と高精度の脳画像診断技術の開発について説明しています。

 「沖縄県は、宜野湾市の西普天間に重粒子線がん治療施設を整備しようとしています。」と菅原教授は述べた上で、現行の抗がん剤を用いた化学療法に代わる治療法について自身の構想を説明してくれました。重粒子線がん治療の一つとして、患者の体内にホウ素を集積させ、そこに中性子を照射してがん細胞を破壊する方法があります。中性子ががん細胞内のホウ素にあたると、ホウ素からがん細胞を殺傷するα粒子が放出されますが、その飛程距離はわずか1ミリメートル以内にとどまります。この方法だと高い精度で治療が行えるので、正常な細胞へのダメージを最小限に抑えることができます。しかし、それにも増して最も効果的な中性子を得るためには加速器が必要となります。

 「これまでは概して、原子炉で作られた中性子が使用されてきました」と菅原教授は言います。原子炉で発生させた中性子が放出する中性子線をがん治療実験に使用している研究者もいますが、この手法はあまり普及していません。菅原教授はその理由について、「原子炉はどこにでもある物ではありません。また、原子炉で作る中性子では十分な強度が得られません」と説明しました。そこで、同教授のユニットでは、費用を抑えた小型加速器の開発と、がん治療の技術改良の両輪を軸として研究を進めていく計画です。菅原教授は、「琉球大学医学部をはじめとする国内の大学医学部との協力を図ります」と述べ、「アメリカやその他の国のメディカルスクールにも参加してほしいと願っています」と期待を込めて語りました。

    菅原教授が取り組むもう一つの研究対象がイメージング技術で、具体的にはがんの可視化技術を向上させることです。従来のPET(陽電子放射断層撮影法)などの診断画像法では、まず、対象となる病巣部にフッ素を投与します。フッ素からは陽電子が放出され、この陽電子は1ミリメートル移動した後2本のガンマ線を放出します。ここで、放出されたガンマ線をPET装置で検出するのですが、陽電子が移動したことにより生じた飛程距離が原因で、測定の度に1ミリメートル分の測定誤差が生じることになります。このため、画像精度の際限が1ミリメートルに制限されてしまうのです。これは問題です。なぜなら、細胞は通常、1ミリメートル単位からゼロを3つ除いたマイクロメートル単位で測定されるからです。

 「がんの仕組みについてはまだ明らかになっていません」と菅原教授は言います。これまで同教授は、がんは人体内部に存在する細胞の一種である体性幹細胞を起源としてのみ発生すると唱える「がん幹細胞仮説」に注目してきました。つまり、体性幹細胞を殺傷すれば、がんの再発と転移を食い止めることができるという考えです。しかし、この仮説を立証するためには、患者の治療はもとより、医師が腫瘍の成長を測定することができ、かつ体内の様子を把握できる高精度の画像法を必要とします。幹細胞をピンポイントで捉える精密な可視化技術があれば、がん細胞が他の臓器に転移してしまった後でも治療が可能となるかもしれないのです。体性幹細胞ががんの起源であるという先述の仮設が正しいとしたら、この幹細胞さえ取り除くことが出来れば、転移後に体内に残された幹細胞以外のがん細胞は放置しておいてもこれ以上増殖して害を及ぼすことはなく、治療のタイミングを選びません。 

    フッ素の代わりに特定のナトリウム同位体を使用すれば、測定誤差を生じさせる陽電子を含まないガンマ線を放出させることができるため、画像の解像度を向上させることができると菅原教授は言います。「我々が目指しているのはマイクロメートルまで解像度を向上させることですが、決して一筋縄ではいきません。それほど特殊な技術なのです。」

   菅原教授は、学際的な研究領域に踏み込むことへの期待についてこう話しています。「医療や生物学、工学ならびに物理学の専門家たちと一緒に研究に取り組みます。重要なのは連携することです。そこから興味深い新たな発想が生まれてくるのだと思います。」

 

ラッシュ ポンツィー

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