カーテンの向こう側

目だけを出した無塵スーツに身を包み、黄色いカーテンに囲まれた一室で研究者が爪ほどの小さな板を真剣に見つめています。ここは、OISTの第2研究棟にあるクリーンルームです。

 目だけを出した無塵スーツに身を包み、黄色いカーテンに囲まれた一室で研究者が爪ほどの小さな板を真剣に見つめています。ここは、OISTの第2研究棟にあるクリーンルームです。空気中の塵を取り除いて清浄に保たれたこの空間は、太陽電池の新素材の開発や現在のスーパーコンピュータを超える量子コンピュータの実現に向けた研究などに欠かせない場所となっています。

 クリーンルームの清浄レベルは単位体積あたりの塵の数によって決められ、OISTの2部屋のクリーンルームは、1立方フィート(=0.0283立方メートル)の中に大きさが0.5 マイクロメートル以上の塵が100個以下のレベル100と1000個以下のレベル1000という厳しい基準をそれぞれ満たすよう管理されています。クリーンルームでは床から空気を吸い込み、フィルターで塵を除去した空気を天井から送り込むことで塵の数を減らしています。外から塵を運び込まないためにも、入室の際はマスク、手袋、無塵スーツ、帽子、ブーツの着用が必須です。

 OISTのクリーンルームにはこの1年半で多くの最新機器が導入されました。例えば、電子基板となるシリコンウェハーやガラス基板などの表面に金属や有機物質の薄膜を作る電子ビーム成膜装置やスパッターリング成膜装置、印刷技術で微細な電子回路を作るフォトリソグラフィ装置、顕微鏡、各種分析装置が並んでいます。

 現在、特に頻繁にクリーンルームを利用しているのが有機材料の太陽電池を研究しているエネルギー材料と表面科学ユニットの研究者たちです。例えば、プラスチックシートに有機半導体溶液をコートすることで、車のフロントガラスに貼れるほどしなやかで透明な太陽電池を作ろうとしています。エネルギー変換効率の高い電池を作るため、太陽光パネルを構成する膜の材料や生成方法などを変えて実験を繰り返しますが、この膜に塵が入り込むと電気がショートして計測できなくなるため塵は禁物です。クリーンルームには太陽電池素子の作成から計測までの一連の作業ができるよう機器が整備されており、同ユニットの研究者たちはほとんどクリーンルームの住人のようになっています。

 量子ダイナミクスユニットのアレクサンドロ・バドルトディノフ研究員も最近クリーンルームに入り浸っているメンバーの一人です。世界中の量子力学の研究者が様々なアプローチで量子コンピュータを実験的に成功させようと試みていますが、同ユニットが量子コンピュータに活用しようと着目するのは液体ヘリウム中の電子です。「液体ヘリウムの電子で量子コンピュータに適したシステムが作れると考えられていますがまだほとんど研究されていません。私たちはまずは液体ヘリウム中で電子1つを分離して性質を調べようとしています」と言うバドルトディノフ研究員は、クリーンルームのフォトリソグラフィ装置を使って1マイクロメートルほどの電極を基板に並べ、電子1個を捕まえる素子の製作に打ち込んでいます。まだ実用化が難しいと言われる量子コンピュータですが、このクリーンルームから未来のコンピュータに使われる技術が生まれるかもしれません。

 これらの研究を支えているのはクリーンルームを管理しているハンガリー出身の技術者ラズロ・シクサイさんです。最先端の機器を扱うため、シクサイさんは、世界中から来ているOISTの研究者や他の研究機関からの最新情報の収集に努めています。「日々学ぶことが多くて楽しい」と語っていました。今は機器に関する情報を集めたノレッジベースの構築を計画しており、より使いやすいクリーンルームを目指しています。

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