量子力学と古典物理学の橋渡し

ある特定の光と物質間の相互作用で、今まで量子力学の現象と考えられていた強結合が、従来の古典物理学モデルと実験で説明できるようになりました。

 量子力学の世界では、古典物理の世界を構成する中性子、電子、光子といった微粒子について、一つ一つの粒子か、少数の粒子が研究されています。というのも、超微小な世界では、粒子が全く異なる振る舞いをするためです。ですが、研究されている粒子の数を増やしていけば、最終的にもはや自動的に量子として振舞うことをしない数の粒子となり、私たちの日々の世界と同じような古典物理学のものとなります。では、量子力学の世界と古典物理学の世界の境界線というのはどこにあるのでしょう。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、この問題への解答を探る過程で、量子力学の現象と考えられていたものが古典物理学で説明できることを示しました。本研究結果はPhysical Review Lettersに報告されました。

 OISTの量子ダイナミクスユニットのリーダーで、論文著者のデニス・コンスタンチノフ准教授は次のように説明します。「私たちは光と物質の関係性と相互作用について理解を深めたかったのです。われわれの意味するところの光は、ラジオ波、マイクロ波、そして光を含む電磁波を指します。これらはすべて、物理学において同じ法則で表すことができます。われわれの意味するところの物質とは、原子や電子など、微小な粒子の集合体を表します。」

 研究チームは特に、多くの粒子で構成されている物質と、光との相互作用における強結合に関心を持っていました。強結合は、相互作用により、光と物質が双方とも影響されるときに起きる現象です。通常、光と物質が相互作用をする際、光は影響を受けません。例えば、海に浮かぶボートは波の影響を受けますが、海はボートの存在による影響をあまり受けません。強結合というのは、ボート(物質)と波(光)が両方とも相互作用によって強く影響される点で興味深いのです。一般的にこの現象は、量子効果として考えられてきましたが、研究チームは、量子力学の世界と古典物理学の世界の境界を調べることにしたのです。

 コンスタンチノフ准教授はさらに続けます。「量子粒子が数多く集まった状態、もしくは光が空洞の中に閉じ込められた状態では、古典物理学があてはまるということについては、誰でも同意すると思います。ところが、もしこれらを一緒にして強く結合させたら、どういうわけか量子力学の世界となります。この点については、われわれは十分納得できないでいました。」

 このタイプの強結合が、古典物理学で説明できるかどうかを見極めるため、研究チームは、超低温で存在する液体ヘリウムの表面に何千万、何億もの電子を集めました。そしてこれらの電子を、電磁波であるマイクロ波を入れた空洞の中に投入しました。すると電子と電磁波は相互作用を起こし、双方に変化が生じたことを研究チームは観察したのです。

 「電子と相互作用している間、電磁波の波長が大きく変化し、同時に電子の活動にも大きな変化が生じるのを観察しました。これは強結合のサインです。」とコンスタンチノフ准教授は示します。

 

写真タイトル:電子と電磁波の変化
電磁波であるマイクロ波の強度変化を示す曲線(左)と電子の活動性の変化を示す曲線(右)。双方に影響が生じていなければ、線は直線となるはずである。

 このようにしてチームは、実験で観察した強結合の現象を説明する古典物理学モデルを作り上げることに成功しました。この発見は、大量の粒子における強結合は、以前から考えられていたように量子力学の世界ではなく、古典物理学の世界に分類される可能性があることを意味します。

 コンスタンチノフ准教授はさらに説明を続けました。「量子力学の世界から古典物理学への粒子の振る舞いの遷移はあまり明白ではありませんが、このケースでは、量子力学の世界が終わり、従来型の物理学の世界が始まる場を示すことができました。しかしながら、この強結合が古典物理学のものであり、量子的な部分が皆無であることを意味するわけではありません。例えば、量子ビットのような非線形の量子領域にこのシステムを当てはめることもできますから」

 量子ビットとは、量子計算に不可欠な量子的なの情報の単位です。というのも、量子ビットは、ふたつの異なる状態を重ね合わせた中に存在し、通常のコンピュータで使用されている一般のビットに比べ、はるかに大量の情報を保持できるからです。強結合を理解し、量子ビットとの関係を解明することは、量子計算の発展に非常に有益といえます。

 コンスタンチノフ准教授は以下のようにコメントしています。「強結合は量子計算に非常に重要です。強結合があれば、量子メモリーとして使用できる量子ビット、光、粒子の間での量子情報を交換することができるのです。」

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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