光が見える? 光を真似る量子磁石を研究者が明らかに
光とは何でしょう。これは一見、簡単な質問のようですが、何世紀にもわたり偉大な科学者らの心を虜にし続けてきたものです。
この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の科学者らによる共同研究により、磁石の量子特性についての抽象的な理論を、新たな種類の光に関する検証可能な仮説にし、この疑問の探求に新たなひねりが加わることになりました。
1672年にアイザック・ニュートンがプリズムを通して光を屈折させて以来、科学者の間では光の本質を粒子とする粒子説や波とする波動説に分かれて来ました。光は粒子のように直線的に進みますが、ニュートンの実験では、光にはさらに音波などと同様に周波数と波長を持つということも示されていたのです。
それから約200年後、スコットランドの物理学者ジェームス・クラーク・マックスウェルが、光とは、変動する電場と磁場により構成されていることに気づき、光に関する謎を解明するための新たな見解を提示しました。やがて20世紀に入り、アインシュタインの研究により初めて、光とは、粒子と波の両方のようにふるまう光子と呼ばれる基本粒子で構成されているものと理解されるようになりました。
さらにこの発見は、原子レベルや原子より小さいレベルの粒子とエネルギーの挙動を説明する量子力学の新たな発展も助長しました
さらに20世紀後半の近年になると、物理学者たちは「創発」という現象の探求を始めました。創発とは、例えば多数の人々からなる大きな群衆があるとします。その群衆の行動とその中の一人の行動が異なることにより予測できない構成が現れることも可能です。このように、創発の研究とは大きな粒子群の中の各粒子による予測しない動きの可能性を示し、それにより構築される新たな物理の法則や従来の法則に対する新たな見方を提起するものです。そして、問われて来た疑問のひとつが「創発的光というものは存在するのか」でした。
ここでOISTのニック・シャノン教授、同教授率いる量子理論ユニット所属の博士課程学生ヤン・ハンさん、彼らのスイスと米国にいる共同研究者たちの出番となります。というのも、彼らの最近の研究成果が、スピンアイスとして知られる奇妙な磁性体に焦点を当てているからです。このスピンアイスとは従来の磁気的秩序から完全に脱却したもので、量子物理学の世界に新たな扉を開きました。
例えば家庭の冷蔵庫に付けるような一般的な磁石があります。このような磁石が金属物などに「張り付く」には、まず磁石内の磁気原子が小さな磁場を形成し、それらが共働することでより大きな磁場が作られます。また、磁気原子による小さな磁場がそれぞれ、同じ方向を向くように整列していることで磁力が成り立っています。
一方、スピンアイスの場合は磁気原子が整列しないにも関わらず、共同作用することにより原子レベルで変動するような磁場が形成されるのです。
最近になって研究者たちは、低温での量子効果によりスピンアイスに創発的な電場を導入することが可能だと気づき、これが驚くべき結果につながりました。創発的な電場と磁場が結合して磁気励起が起こり、それらが光の光子と全く同じように振る舞うのです。
「それは光のように振る舞いますが、肉眼で見ることはできません」とシャノン教授は言います。「スピンアイスの結晶が独自の自然法則を持つ小さな宇宙であり、あなたは外からそれを見ている状況を想像してみてください。どうすれば内部で何が起こっているのか理解できるでしょうか」と語ります。
2012年、シャノン教授と当時博士課程の学生であったオーウェン・ベントン博士は、結晶内の磁性原子から中性子を跳ね返すことで、量子スピンアイス中の光を検知する方法を提起しました。研究者らは、結晶がどのように中性子のエネルギーを吸収し、量子スピンアイスにおける創発的電気力学の存在を示すかという特徴的な痕跡を予測しました。
今回、Nature Physics誌に掲載された論文で、著者らはプラセオジム・ハフネイト(Pr2Hf2O7)と呼ばれる物質でこの痕跡の観察に成功したと報告しています。
実際の材料で創発的光の痕跡を見つけるには、不純物や欠陥のない結晶を用いて、50ミリケルビン(絶対零度から0.1度未満)の低温で作業する必要があり、非常に困難でした
スイスのポール・シェラー研究所(PSI)のロメイン・シビル博士の研究チームは、英国ウォーリック大学の研究者たちと共働して、最終的にこの仮説を検証できるような量子スピンアイス材料の完全結晶を作製することに成功しました。
シャノン教授は、「それは貴石のようにとても美しい材料です」と述べ、「また、一つの大きな完全結晶であることは驚くべきことです」と語りました。
シビル博士は仏国グルノーブル市にあるラウエ・ランジュバン研究所(ILL)と、米国テネシー州のオークリッジ国立研究所(ORNL)にこの結晶を持ち込み、これらの施設にある特別に開発された中性子スペクトロメーターを使用しました
大変な困難を伴う実験で、シビル博士らのチームは鉄やコバルト、バナジウムによってコーティングされた960個ものスーパーミラーの隊列を使用することで、異なる種類の中性子を選択的に反射させることに成功しました。スーパーミラーの幾つかはシビル博士所属のPSIで開発され、また反射パターンの3D解析を行うためにHYSPEC器具(ORNL)が使用されました
IN5から得られた散乱された中性子のマッピングを通して散乱された粒子の偏光を測定することが可能となり、それらの粒子から生じたエネルギーの痕跡をマッピングすることに成功しました
結果として、ベントン博士とシャノン教授の理論は、実験で得られたエネルギー図(上図参照)と驚くほど類似していました。この中性子反射を画像化したエネルギー図には、量子スピンアイスの特徴となる、いわゆる「ピンチポイント」(蝶ネクタイの様に中心がくびれる構造)が見られました。そして、スピンアイスが低温で走査された際には創発的光の出現を強く示唆するがのように、これらのピンチポイントが消えたのです。
また、同研究チームのヤン・ハン氏は、この現象の理論に取り組みつつ、実験データの分析により創発的光の速度を測定しました。速度は控えめな秒速3.6メートルで、これはマラソンを四時間で完走するのと同じくらいの速さです。ちなみに、私たちが日光浴などで浴びる光の光子は同じ距離を0.001秒未満で走り切ります。
「この物質が独自の光と荷電粒子を持つ小宇宙のように振る舞うのですが、とても素晴らしいと私は思います」と、ハン氏は述べています。
「現時点では、量子力学を用いずにこれらの結果を説明する方法は知られていません。ですので、私達は実際に創発的光の存在を示したのではないか、と言えるのです。」とシャノン教授は述べました。
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