細胞分裂の謎に迫る

細胞増殖・ゲノム編集ユニットでは、細胞がどのように分裂し、何が原因で細胞内の病気が引き起こされるのかを研究し、がんの新たな治療標的を模索しています。

Dr. Franz Meitinger and Dr. Midori Ota

人間の身体は何百万もの細胞で構成されており、その多くが毎日分裂を繰り返して、身体の組織を健康で機能的な状態に保っています。細胞分裂のプロセスは複雑で、その過程で不具合が生じれば、がんを含む深刻な病気を引き起こす可能性があります。このような細胞プロセスを研究することが、フランツ・マイティンガー博士の目標です。マイティンガー博士は、サイエンス・テクノロジーアソシエイトの太田緑博士と共に、2022年にOISTで細胞増殖・ゲノム編集ユニットを立ち上げました。

同ユニットの目標は、細胞分裂と、その過程で生じる異常を、個々の細胞がどのように認識するかについてより深く理解することです。同ユニットでは、異常が起こった後に何が起こるかを調べ、がん細胞における潜在的な薬物標的を探す研究も行っており、両面からの研究が行われています。

細胞の奥深くで起こるこれらのメカニズムを研究することには困難が伴い、いくつかの分子生物学的手法に依存しています。ユニットの研究者チームは、細胞の内部構造を理解するために、モデル細胞株(培養して生かしておく個々の細胞の集団)を用いています。細胞株には健康なものもありますが、腫瘍のサンプルに由来するものもあり、癌に特異的な遺伝子変異を持つものもあります。遺伝子を編集し、生きた細胞を顕微鏡でイメージングすることで、細胞内のプロセスをリアルタイムで観察することができます。

分裂する細胞
この顕微鏡画像は、細胞周期の異なる段階にある生きた細胞を示している。緑色の斑点がはっきりしている細胞は、現在DNAを複製している。このDNAは後に染色体に詰められ、細胞分裂の際に2個の娘細胞に分離する。
この顕微鏡画像は、細胞周期の異なる段階にある生きた細胞を示している。緑色の斑点がはっきりしている細胞は、現在DNAを複製している。このDNAは後に染色体に詰められ、細胞分裂の際に2個の娘細胞に分離する。

マイティンガー博士は当初、科学とは別の道を志していたと言います。「私はドイツバイエルン州の小さな村の農場で育ちました」学校を卒業後、化学メーカーで数年間、技術者として働きましたが、世界の仕組みを理解したいという強い好奇心に駆られて、学業に戻ることを決意。最終的に大学で生物学を学びました。

ハイデルベルクのドイツがん研究センターで博士号を取得後、サンディエゴのルートヴィヒがん研究所でポスドク研究員として細胞分裂の研究を続けました。そこで、細胞の有糸分裂にかかる時間を利用して、細胞分裂の欠陥を検出するメカニズム、有糸分裂ストップウォッチを発見しました。

細胞分裂中にミスが起こると、通常は欠陥が修復するまで、分裂プロセスが停止し、修復すると再開します。まれに、欠陥のある細胞は十分に修復できず、損傷を受けているにもかかわらず細胞分裂を続けることがあります。健康な細胞と欠陥のある細胞の分裂にかかる時間を比較すると、後者の方がはるかに遅いペースで分裂していることが分かります。細胞自身がこの時間差を感知し、分裂が遅すぎることを発見すると、特殊なタンパク質が活性化します。このメカニズムは有糸分裂ストップウォッチ経路と呼ばれ、増殖中の細胞群から傷ついた細胞を取り除くのに役立っています。

有糸分裂ストレス下の細胞
有糸分裂ストレス下の細胞 この顕微鏡画像の細胞は、欠陥のある細胞に発現するタンパク質のみに結合する蛍光色素で染色されている。この技術により、有糸分裂ストレスを受けた細胞(黄色)と健康な細胞(青色)を区別することができる。
有糸分裂ストレス下の細胞 この顕微鏡画像の細胞は、欠陥のある細胞に発現するタンパク質のみに結合する蛍光色素で染色されている。この技術により、有糸分裂ストレスを受けた細胞(黄色)と健康な細胞(青色)を区別することができる。

OISTでは、細胞分裂に焦点を当てた研究を続けています。「私たちは、何かがうまくいかなくなったときに、それを感知するメカニズムに関心があります」とマイティンガー博士は強調します。培養したがん細胞と健康な細胞を比較することで、研究チームはさらに一歩踏み込み、ゲノムワイドスクリーニングなどの手法を用いて、治療標的となり得るがん特有の変化の同定にも取り組んでいます。「私は基礎生物学を通して世界をより良くする手助けをしたいのです。おそらくそれは地道な研究の積み重ねになるでしょう。」しかし、細胞分裂にはまだ多くの謎が残されており、研究者たちによる解明が待たれます。

サイエンス・テクノロジーアソシエイトの太田博士は、細胞分裂の際に染色体の分離に不可欠な細胞小器官である中心体の制御について独自に研究しています。OISTの前身の沖縄科学技術研究基盤整備機構初代理事長であるシドニー・ブレナー博士が確立した線虫をモデル系とし、マイティンガーユニットとの共同研究でヒト細胞培養系と組み合わせています。

太田博士は、自身のバレエに対する情熱が最終的に科学へとつながりました。「バレリーナになりたかったのです」と太田博士は言います。「バレエをやっていた15歳のとき、スポーツ科学の講演会を聞きに行きました」と当時を振り返ります。そこで得た解剖学の知識が、バレエのトレーニング中の痛みを軽減するのに役立ちました。科学がいかにウェルビーイングを向上させるか、身をもって体験した太田博士は、科学の道に進もうと決意しました。

高校生の頃、太田博士は、同じ遺伝情報を持つ細胞が、どのようにして異なる機能やアイデンティティを持つようになるのかに魅了されました。「試験勉強中につい勉強とは関係ないことが気になっちゃうことってありませんか?」試験勉強中に現実逃避としてやっていたのが、眉毛を整えることだったと、太田博士は振り返ります。

「眉毛を抜いて数週間後、同じ場所にまた同じ毛が生えてきたんです。それがきっかけで、何が細胞に特定のアイデンティティを与えるのかに興味を持つようになりました。」細胞がどのように働くのかに興味を持った太田博士は、微小管と呼ばれる細いチューブのような構造体の形成中心として機能し、複雑なタンパク質構造体である「中心体」を研究するようになりました。中心体と微小管は、細胞分裂の際に、新しく形成される2個の娘細胞間でDNAを均等に分割するために不可欠です。

 

細胞分裂するときの中心体
線虫の胚の最初の分裂を捉えた動画。微小管(緑色)が染色体(マゼンタ色)を細胞の両極「中心体」に引っ張り、新しく形成される各細胞が完全な遺伝子を持つようになる。
太田緑 博士
細胞分裂するときの中心体
線虫の胚の最初の分裂を捉えた動画。微小管(緑色)が染色体(マゼンタ色)を細胞の両極「中心体」に引っ張り、新しく形成される各細胞が完全な遺伝子を持つようになる。

「染色体の分離に中心体が重要であるにもかかわらず、卵母細胞では中心体が失われています」と太田博士は説明します。精子は受精の際に中心体をもたらし、受精後に新しく形成される胚が適切な数の中心体を持つようにするのです。「学部時代にこの話を聞いたとき、卵母細胞がどのようにして中心体を除去するのか知りたいと強く思いました。これはいまだに解決されておらず、謎のままなのです」と太田博士は言います。

細胞周期の研究に情熱を燃やすユニットの研究者たちはみな、OISTの良き仲間です。その事実は、マイティンガー博士が沖縄に来ることを決断する際に重要でした。「沖縄にはすでに細胞周期の研究者のコミュニティーがあることは知っていたので、素晴らしい場所だと思いました」と言い、沖縄について調べた際、新しい場所への期待は大きくなる一方だったと語ります。「OISTを調べたら、小さな島にあることがわかりました。私も少し冒険好きなのかもしれませんね」と微笑みます。

沖縄での1年目を終えて、マイティンガー博士と太田博士はその経験を前向きに振り返ります。「大変なことも多かったですが、多くの人がラボの設立を手伝ってくれました」と太田博士は言います。「それに、ここの食事は本当においしい!」とマイティンガー博士は付け加えています。

細胞増殖・ゲノム編集ユニットのチーム
太田緑博士(右から2人目)、フランツ・マイティンガー博士(右から4人目)、細胞増殖・ゲノム編集ユニットのチーム。
太田緑博士(右から2人目)、フランツ・マイティンガー博士(右から4人目)、細胞増殖・ゲノム編集ユニットのチーム。

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