細胞の感覚を理解する

細胞がどのように周囲を感知しているかがわかるモデルを開発

私たちの体内に潜む病気や異物を検知したり、栄養源や毒素の場所を探知することのできる能力はすべて、細胞を取り巻く多種の化学物質の「カクテル」と、これらの化学物質を「読む」細胞の能力によって決まります。 細胞というのものは、非常に敏感です。実際に、私たちの免疫システムはたった1つの異質な分子またはイオンの存在に反応することができます。 しかし、細胞がこのような高い感度をどうやって得ているのかは、まだわかっていません。

この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の理論生物物理学ユニットとニューヨーク市立大学の研究者らは共同で、この問題に対していくつかの答えを出す単純なモデルを作成しました。 チームは本モデルを用い、さまざまな環境下において細胞が感度を高めるために採用している可能性のある方法を見出し、体内の生化学ネットワークがどのように機能するかを明らかにしました。

「このモデルは複雑な生物学的システムを、よりシンプルで理解しやすい数学的枠組みに抽象化します。これにより、細胞自体が周囲の環境や他の細胞とのコミュニケーションに応じて、細胞がどのように限られたエネルギーの使い道を割り振っているかを紐解くことができます。」と、OISTの元研究員であり、Nature Communications誌に発表された本研究論文の筆頭著者であるウェーヴ・ニャンプルティコーン博士は語っています。

研究チームは、この生物学的な疑問に定量的な道具を持ち込むことで、生物学者とは異なる視点をもたらせることを示しました。「物理学と生物学という2つの分野は、相互に補完しています。生物学者はひとつの領域に焦点を当てて詳細を深く掘り下げる傾向がありますが、物理学者はシステム全体を単純化してパターンを探そうとします。 研究チームの定量モデルが抽象的過ぎず、細かいが重要なポイントを逃さないためには、物理学者と生物学者が緊密に協力することが大切なのです。」と、ユニットを率いるOISTのグレッグ・スティーブンス准教授は説明します。

チームはまず、コンピュータで細胞を表すモデルを作成しました。細胞には2つのセンサー(情報処理ユニット)があり、細胞外の環境に反応します。このセンサーは、外部の分子もしくはイオンに結合している時としていない時があります。細胞外の様々な化学物質中の分子やイオンの数が変化すると、センサーが反応し、その変化に応じて新たな分子またはイオンと結合するか、結合を解除します。これにより細胞は外から情報を得ることができ、研究者らはその感度に影響を与える可能性のあるものを調べることができます。

モデルには2つの情報処理ユニット(センサー)があり、これらが外部の分子またはイオンに結合したり、結合状態から非結合状態へと変化することで、細胞は外界に関する情報を取ることができる。

「このモデルを作れば、あらゆる疑問に対しての実験を行うことができます。例えば、細胞がより多くのエネルギーを消費することを許せば、感度が上がるかどうか? 2つのセンサーが連携できるようにした場合はどうなるか? あるいは、細胞に以前に起こったことの記憶は、このセンサーにどのように影響するか?などの疑問に対してです。」と、ニャンプルティコーン博士は説明します。

チームでは、細胞がエネルギーを消費でき、2つのセンサーが相互作用できるようにすることで、細胞がより高い感度を達成するかを調べました。また、感度に影響するかどうかを調べるため、他にも「ノイズレベル」と「シグナルの事前分布」の2つの要素を変化させてみることにしました。ノイズレベルとは、様々な化学物質の混合物における不確実性または無駄な情報量を表し、シグナルの事前分布とは、細胞が過去の経験から得た「知識」を表します。

従来の研究では、エネルギー消費と細胞センサー相互作用の両方が細胞感受性に重要であるとされていましたが、今回の研究では、それらが必ずしも重要とは限らないことがわかりました。確かに、外部の化学物質の混合物におけるノイズレベルが低く、異なる化学物質間の相関が高い場合には、細胞にエネルギーを消費させ、センサーを相互作用させることが、より高い感度を得ることができました。しかし、より高いレベルのノイズがある場合など、その他の状況では高い感度は得られませんでした。

「ラジオをチューニングするようなものなのです。雑音(ノイズ)が多すぎると、ラジオのボリュームを上げても(つまり、この場合、エネルギー及び相互作用によりシグナルを増幅させても)音は良く聞こえませんよね。」と、スティーブンズ准教授は説明します。

一方ニャンプルティコーン博士は、エネルギー消費とセンサーの相互作用は、多くの状況において重要なメカニズムであることは変わらない、と言います。 「エネルギー消費が細胞の感度にどのように影響するか、またどのような状況下で最もエネルギーを使うの価値があるのかを正確に判断するため、このモデルを使い続けてみると面白い結果が得られると思います。」

今回研究者らは、細胞が周囲にどのように反応するかを調べましたが、このモデルの枠組み自体は、生物界一般においてどのような方策で物事の感知が実現されているかの解明に役立つ、と強調します。 スティーブンズ准教授は、孤立した個々のシステムを調べるために多大な労力が費やされている一方、共通原則を探求する作業はずっと少ないと説明します。「原則が見つかれば、細胞コミュニケーションや脳から、動物の行動や社会的相互作用まで、生命システムがどのように機能するかについての理解を刷新することも可能になるかもしれません。」

本研究は、ニャンプルティコーン博士、スティーブンズ准教授、ニューヨーク市立大学のデビッド・シュワブ教授の間における共同研究です。

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