2020-02-03

頭足類の謎に迫る

  近年、脳を研究する神経科学と動物の行動を研究する動物行動学を融合した、神経行動学という学際的分野が発展・普及しています。

  「脳の研究をするとき、我々科学者は、脳だけを単独で研究するのではなく、むしろ行動との関連で研究を行います。神経科学の多くは実際には神経行動学なのです。」と、沖縄科学技術大学院大学(OIST)に新たに設置された計算行動神経科学ユニットを率いるサム・ライター准教授は語ります。

  ライター准教授のチームは、ツツイカ、コウイカ、タコなど鞘形亜綱の頭足類に特に注目しています。「頭足類の脳は、エピソード記憶のような複雑なプロセスを処理することが可能であることが報告されています。頭足類は、人間とは根本的に異なる神経構造に支えられながらも、驚くほど複雑な行動を示します。」とライター准教授は説明します。

  2019年10月にマックス・プランク脳科学研究所からOISTに着任したライター准教授は、実験と計算論的技術を使って頭足類の研究をしています。研究を通し、頭足類の行動や知覚能力を支える脳の機能に光を当てようとしているのです。

 

OISTに新設された計算行動神経科学ユニットを率いるサム・ライター准教授のオフィスにて。

  ライター准教授は、米国ブラウン大学で神経科学の博士号を取得し、ポスドク研究の過程で、神経科学と動物行動学の学際的分野の探求に惹かれるようになりました。

  それまでの研究で、爬虫類の脳から電気生理学的な記録を行うことで、爬虫類が2つの異なる睡眠段階を持つことを見出しました。それらは、哺乳類における急速眼球運動(REM)を伴うレム睡眠とノンレム睡眠とに対応していると考えられています。哺乳類における2段階睡眠は、他の機能とともに記憶の固定に関与します。爬虫類が進化の過程でヒトに至る系譜から数億年前に分岐したことを考慮すると、2つの睡眠段階は、驚くほど古代から存在していたことが示されたのです。

  こうして爬虫類の研究が進む中、ライター准教授の興味は、偶然研究室で爬虫類の近くで飼われていたコウイカに移っていくようになりました。

カモフラージュの秘密

  現在はOISTで、コウイカの睡眠(のような行動)や、コウイカがどのようにして自分の体をカモフラージュして捕食者から逃れるかについて研究を行おうと考えています。

  コウイカはカモフラージュのための特別な性質を持っていて、ほぼ瞬時に皮膚の質感、色、柄を変化させ、精巧でカラフルな背景に自身の身体を溶け込ませることができます。

  コウイカのカモフラージュを組織的に調整しているのは、何百万もの色素胞(皮膚に散在する特殊な色素細胞)です。これらの細胞は、脳内の運動ニューロンからの入力に応じて収縮したり膨張したりする筋肉に取り囲まれています。つまり、色素胞の動きは脳機能に直接つながっているのです。ライター准教授は、この行動を支える神経活動の読み出し情報として、色素胞の動態を記録することに興味を持っています。

 

コウイカはさまざまな背景に合わせてカモフラージュができます。上の写真のどこにコウイカがいるかわかるでしょうか。

Photo credit: Keishu Asada.

  ライター准教授とマックスプランク脳科学研究所のジル・ローラン博士はこの度、Current Opinions in Neurobiology誌に、コウイカの質感知覚とカモフラージュの関係に関する論文を発表しました。ライター准教授によると、カモフラージュを研究することで、動物の視覚系が環境内の質感情報をどのように区別しているかをより深く理解できるかもしれないといいます。

  人間が風景を視覚的に知覚するとき、脳は重要な要素を推定するため、風景を質感パターンにグループ化します。ライター准教授は、質感知覚は、人間や哺乳類に特有のものではないと考えています。コウイカにおける知覚も同様に機能している可能性があるのです。

  ライター准教授は現在、色素胞の活動を調べるため、コウイカを詳細にビデオ映像で撮影しています。さらに機械学習やスーパーコンピューティングなどの最新技術を利用し、色素胞の活動を定量的に分析しています。

  「コウイカがどのようにカモフラージュするべき背景を選んでいるのかを理解したいと考えています。これにより、コウイカの視覚的な認知メカニズムについての知見、さらには捕食者の視覚的認知メカニズムについても知見が得られるかもしれません。」と、とライター准教授は言い、今後のOISTでの研究を続けていく考えです。


 

 

 

(アンナ アーロンソン)

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