海洋における生命拡散のメカニズムを追う

海洋生態物理学ユニットの中村雅子研究員による深海性カサガイの一種、キノミフネカサガイの生態に関する研究論文が発表されました。

 OIST海洋生態物理学ユニットの中村雅子研究員による深海性カサガイの一種、キノミフネカサガイ(Lepetodrilus nux)の生態に関する研究論文が、Marine Ecology Progress Seriesに掲載されました。この深海性カサガイは、殻の大きさ(殻径)が1cm前後の巻貝で、南西諸島と琉球諸島の北西に位置し沖縄トラフと呼ばれる、水深平均1000mの細長い海底盆地で生息が確認されています。この論文では、沖縄トラフにおけるカサガイの新しい生息域、殻径から推測する群集形成の経過、繁殖生態の3つについて報告されました。沖縄トラフに生息するカサガイ類においては、繁殖 や拡散などの生活史特性についてこれまで詳細な報告はなく、中村研究員の報告が、その生態メカニズム解明への一歩になることが期待されます。

 中村研究員は、海底に固着し生息する造礁サンゴ、サンゴの捕食者であるオニヒトデ、深海性カサガイといった浅海域から深海の底生生物を対象とし、海洋における生命の広がりを知るための研究を重ねています。そして2011年秋、深海の底生生物を観察し研究材料を得るため、(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海調査船に乗船し、沖縄トラフの熱水噴出孔周辺で、底生生物群集の採取を行いました。熱水噴出孔は、地球内部から熱や鉱物が海底に湧き出す場所で、様々な生物群が生息しています。中村研究員はそのうち、深海カサガイを研究室に持ち帰り、殻径の違いを通して、群集形成と定着パターンについての考察をしました。また、カサガイから採取した生殖腺から組織切片を作成し、顕微鏡観察することで、卵子や精子の発達段階を確認しました。カサガイは雌雄異体の構造をとりますが、メスが精子嚢という精子をためる袋のようなものを持っており、体内受精を行っています。また今回の研究で、カサガイの生殖腺中には、様々な成熟段階の卵子や精子が同時に存在することが分かりました。このことは、同時に多数の成熟卵子と精子を放出し、水中で受精させるサンゴの産卵法とは違い、それぞれの卵子が成熟すると受精し、放出されるという継続的な産卵に至ることを示唆します。海中に放出された受精卵は、海中を漂いながら幼生という成長段階を介し、やがて足場を見つけて定着し、底生生物群集を形成していきます。また、中村研究員が所属する海洋生態物理学ユニットでは、海洋生物群集の広がりに大きな影響を与える海流についても研究対象としています。底生生物の初期生活史特性 と、海流という外的要因を合わせて、それらがどのような方法で生息域を広げていくのか、また環境変動にどのように対応していくのか解明しようとしています。

 中村研究員の研究は、自らが海に出て、実際にそこで暮らす生物を自身の目で確認することから始まります。その根底には、ありのままの生物を見ることでしか分からないことが必ず有り、そこから得られる情報を大切にしていきたいという信念があります。中村研究員は最後に、「自らがフィールドに出る研究姿勢を、後続の研究者にも伝えていきたいと思っています。地道な研究を重ねることで、生態系を理解していきたいです」と話しました。小さな生物の生態解明の積み重ねが、海洋全体の生命の広がりを知る手がかりとなる-中村研究員の研究は、そのような希望にあふれています。

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