猛暑乗り切る先人の知恵 〜芭蕉布の製造工程を科学的に解明〜

OIST及び琉球大学の研究者らは、沖縄の伝統工芸品であるの作製工程の採繊工程(精錬)を初めて科学的に解明し、芭蕉布の繊維(材料)が、蒸し暑い沖縄の夏の衣服として利用するのにいかに適しているかを証明しました。

概要 

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)及び琉球大学の研究者らは、沖縄の伝統工芸品である芭蕉布ばしょうふ※1の作製工程の採繊工程(精錬)を初めて科学的に解明し、芭蕉布の繊維(材料)が、蒸し暑い沖縄の夏の衣服として利用するのにいかに適しているかを証明しました。

 本研究成果は、一般社団法人繊維学会の英文科学誌Journal of Fiber Science and Technologyに掲載されました。

イトバショウの栽培風景
喜如嘉の芭蕉布保存会

研究の背景と経緯 

 2015年初夏、乾燥した米国カリフォルニア州からOISTに着任した野村陽子博士は、沖縄の夏の蒸し暑さに衝撃を受けました。クーラーの無かった昔、人々は一体何を着て、この環境下で生活をしていたのだろうかと、学生時代に被服学を専攻していた野村博士(現在の専門:バイオテクノロジー、核酸化学・工学)は、強い興味を持つようになりました。

 調べると、かつて沖縄の人々は、今日沖縄を代表する伝統工芸品として知られている芭蕉布を、夏の衣服として日常的に着用していたことがわかりました。そこで、野村博士は、この涼しくて丈夫な芭蕉布の繊維が、どのように作られていくのかを解明することにしました。この研究は、複雑で長い、伝統的な芭蕉布製作工程の採繊工程(精錬)※2を、科学的見地から解明しようとしたものです。

 この研究を開始するにあたり、研究チームは、国指定の重要無形文化財でもあり、経済産業省指定の伝統的工芸品でもある「喜如嘉きじょかの芭蕉布」が、イトバショウの生産量の減少などから、存亡の機に瀕していることを認めました。野村博士は、「本研究がきっかけとなり、芭蕉布の産地である、沖縄本島北部の大宜味村おおぎみそん喜如嘉における芭蕉布生産にかかる問題が見直され、ひいては大宜味村などの沖縄北部振興の一助となることを期待します。」と研究の意義について語っています。また、イトバショウの生産確保については、本論文の共著者でもある、琉球大学農学部の諏訪竜一准教授のグループと共同で、今年度より研究を開始しました。

芭蕉布の織り工程
喜如嘉の芭蕉布保存会

 

 研究内容 

 芭蕉布はセルロース系繊維※3であり、その原材料はバナナの一種のイトバショウです。芭蕉布を構成する糸には、イトバショウの偽茎ぎけいを構成する葉鞘ようしょうの表皮側だけを使います。電子顕微鏡による観察から、この伝統的な選別工程(ウー剥ぎ)が、次に続く精錬の効率化に寄与しているものと考えられました。また、同様の観察で伝統的精練(ウー炊き)後に繊維のもととなる維管束いかんそくがよく保存されていることがわかりました。この維管束の断面は、他の繊維断面にはないユニークな形を持つ中空状であり、これらが芭蕉布独特のシャリ感や水分の拡散に寄与していると推測され、こうした特性が、蒸し暑い沖縄の夏に適した布として芭蕉布が長く着用されてきた要因の一つと考えられます。

 イトバショウから切り出された原材料は、木灰汁を薄めたアルカリ溶液に入れて煮沸し(精錬)、一晩放置し水洗いされます(ウー炊き)。この精錬は、熟練者によって行われ、全ての工程中最も注意の必要な工程です。この方法は、実験室で行なうアルカリ精錬よりもマイルドな方法であることが、機器分析で示されました。一方、伝統的な製法により得られた材料のセルロース繊維としての結晶化度(繊維の強さに関連する指標)は、実験室の方法と同じ程度まで向上していることがわかりました。

 また、精錬後の材料のタンパク質の含有も確認しました。これは1980年代の琉球大学の紀要にある芭蕉糸の分析の結果を裏付けるものとなり、綿などの他のセルロース繊維には見られない特性を再確認しました。

ユニークな形の中空状である。
Figure 3D in J. Fiber Sci. Technol. 73(11), p.321.Journal of Fiber Science and Technology 一般社団法人繊維学会

今回の研究成果のインパクト・今後の展開 

 本研究共同研究者の琉球大学 諏訪竜一准教授は「これまで芭蕉布は、品質的な価値が高いと認識されつつも、そのことを的確に表現する方法がなかなか見つかりませんでした。この度、先人が生み出した繊細な技術の秀でている点を、最先端の技術で証明することにより具体的に表現することができました。多くの方々に芭蕉布の素晴らしさを理解していただけるきっかけとなると考えられます。」と研究の成果を語っています。また、論文の筆頭著者であるOISTの野村陽子博士は、研究は始まったばかりで、今後、更に詳細な調査・検討を引き続き行う予定、としながら、「芭蕉布もバナナ繊維から作られますが、バナナ繊維は最近、エコロジーの観点からも、様々な応用が研究されています。将来、イトバショウの生産が確保できるのであれば、沖縄においても様々な可能性につながるのではないでしょうか。」と期待を膨らませています。

 さらに、沖縄の芭蕉布生産の抱える問題については、OISTにおいて、有志で作る沖縄伝統工芸染織クラブ※4を立ち上げ、クラブにおける芭蕉布勉強会で様々な方向から議論を進める予定です。

重要無形文化財「芭蕉布」保持者の平良敏子先生(人間国宝)
Kijoka Basho-fu Association

  • ※1芭蕉布は、イトバショウの繊維を糸にして用いる特色ある染織技術です。琉球藍染、木灰の使用などすべて天然の材料を用い、伝承された古来の技法で製作されています。かつては各家庭で芭蕉布が作られていましたが、時代とともに芭蕉布づくりは衰微してきています。
  • ※2 芭蕉布づくりの工程については、http://bashofu.jp/process.html(喜如嘉の芭蕉布保存会ウェブサイト)をご参照ください。
  • ※3セルロース系繊維:炭水化物であるセルロースを原料とする繊維を、セルロース系繊維といいます。綿や麻、レーヨン、キュプラなどが含まれます。
  • ※4 クラブの活動内容については、今後ウエブサイト(https://groups.oist.jp/textiles)に情報を掲載していく予定です。

 

共同プレスリリース(PDF)

 

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