ハエの唾液がもたらす遺伝子制御と性差についての驚くべき発見

7月19日に発表された米科学誌サイエンスの論文で、OISTのニコラス・ラスカム准教授を含む研究チームは、オスのショウジョウバエが遺伝子の活性を操作するメカニズムについて、定説を覆す研究成果を紹介しています。この発見は、多数の遺伝子の活性を同時に変化させるために、細胞がたった一つの重要な調節因子をどのように駆使しているかを明らかにするものです。

 いつの世にも、ものが動く仕組みについて好奇心を持つあまり、手持ちのコンピュータ、電話やテレビを分解してしまう人たちがいますが、ショウジョウバエの幼虫の仕組みを解明するために1万匹もの幼虫を解剖したのはおそらく世界でただ一人しかいないでしょう。その人は、ドイツにあるマックス・プランク免疫生物学エピジェネティクス研究所で Asifa Akhtar 教授と研究を進める大学院生、Thomas Conradです。幸運にも、幼虫の唾液腺を採取した彼の努力とその後の広範な分析結果は実を結ぶことになりました。7月19日に発表された米科学誌サイエンスの論文で、Conrad とOISTのニコラス・ラスカム准教授を含む研究チームは、オスのショウジョウバエが遺伝子の活性を操作するメカニズムについて、定説を覆す研究成果を紹介しています。この発見は、多数の遺伝子の活性を同時に変化させるために、細胞がたった一つの重要な調節因子をどのように駆使しているかを明らかにするものです。

 ハエのオスとメスの性差、そしてより一般的な遺伝子制御に関する難問への答えは、解剖された幼虫と Conrad が費やした時間という犠牲の賜物です。他の動物と同様、オスのハエは1つのX染色体と1つのY染色体を有し、一方でメスは2つのX染色体を有します。そのため、これらの染色体上の遺伝子を制御しないと、メスはX染色体の遺伝子から作られるタンパク質をオスの2倍持つことになってしまいます。そこでハエは、オスのX染色体遺伝子を2倍稼動させて倍量のタンパク質を産生することによって、オスのタンパク質をメスと同量に引き上げ、この問題を解決しているのです。

 しかし、これが意外に難しく、技量をともないます。なぜなら遺伝子が産生するタンパク質の量はそれぞれ異なるためです。「半分まで水が入った1000杯のコップを満たすとしましょう。ところがコップのサイズはすべて違うため、各コップに適切な量の水を注ぐようにできるメカニズムが必要で、この制御メカニズムのおかげですべてのコップを満たすことができるのです。」と、ラスカム准教授は説明します。制御はタンパク質合成の第一段階の一部である遺伝子のスイッチオン、すなわち遺伝子の転写の際に生じます。従来の考えは、オスとメスのX染色体上での転写は同じような始まりやすさで始まる一方で、何らかの理由により、オスのX染色体上の遺伝子での転写の方が完了のしやすさでは勝るというものでした。ところが、マックス・プランク研究所の研究者たちが、数千のハエの唾液腺におけるDNA鎖を化学的に分析した上で、EMBL(欧州分子生物学研究所)の欧州バイオインフォマティクス研究所でラスカム准教授率いる研究チームの Florence Cavalli と Juanma Vaquerizas が、高度なコンピュータ・アルゴリズムを用いてデータを解析すると、驚くべきことがわかりました。オスのハエでは、遺伝子の開始段階ですでにメスの2倍のDNA転写タンパク質が結合していたのです。これは、オスとメスの性差がこれまで考えられてきたような転写過程の最後ではなく、タンパク質が最初にDNAに結合する、転写過程の始まりに端を発していることを意味します。

 X染色体の遺伝子が2倍の仕事を行う能力についてはいずれ解明されるでしょうが、それはおそらくハエの唾液の話に終わらないでしょう。ラスカム准教授は「何がこの種の大量制御を可能にしているのか、また、細胞が遺伝情報を使用する時の微調整で他の手段とどのように整合させているのか、我々はこうした疑問を解明することを目指しています。」と語っています。

EMBLプレスリリース

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