21世紀の新しい研究系大学

 沖縄科学技術大学院大学の創立記念式典において、マサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉学長で、現在、全米技術アカデミーの院長を務めるチャールズ・ベスト博士が基調講演を行いました。ベスト博士は、マサチューセッツ工科大学での経験を踏まえ、「大勢の若者が世界中を行き来し、チャンスが得られる国で学び、働く時代になった」と述べ、「頭脳流出」から「頭脳循環」、そして「頭脳統合」へと時代が変化してきたことについて言及されました。また、同博士はOISTが独自の構想を通じて、この「頭脳循環」、更には「頭脳統合」という時代に身をおいていると指摘しました。最後にベスト博士は、20世紀における6つの教訓を紹介し、OISTのような21世紀の新しい研究系大学が検討すべき点について述べられました。ベスト博士の基調講演の全文は以下をご参照ください。

 川端達夫沖縄及び北方対策担当大臣、仲井眞弘多沖縄県知事、沖縄科学技術大学院大学学園理事および評議員各位、ドーファン学長、志喜屋文康恩納村長、ご来賓各位、OIST教職員各位、そしてご列席の皆さま、本日ここ沖縄でこのような盛大な学園設立式典に出席できたことを大変嬉しく思います。沖縄県、日本政府、OIST設立委員会、教授陣、ブレナー博士、そしてドーファン学長が、力強く大いなる旅路に確かに出発したのです。私はあらゆる理由から、この新しい大学が日本と沖縄県に学術、文化、経済の分野で大きな利益をもたらすであろうと確信しております。

 私が17年間奉職してきたマサチューセッツ工科大学(MIT)は、150年前に設立されました。MITは、米国の伸びゆく工業化時代の目的に適うよう、新しい、従来とは異なるタイプの機関として設立されたのです。

 これと同様に、沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、21世紀初頭から、グローバルに伸びゆく知識基盤経済、および連携しあう世界の目的に適うよう、これまでとは異なる種類の機関として設立の準備が進められてきました。

 20世紀半ばに、「頭脳流出」が話題になりました。これは、世界中から最も優秀でエネルギーに富んだ若い男女が米国や西ヨーロッパを目指して移動し、現地の冒険心に富んだ資金面でも豊かな大学で、特に科学やエンジニアリングを勉強したり、教鞭をとったりしたことを意味します。これらの移住者たちの中には、それぞれの若い母国で起業家やビジネスリーダーになった者もいました。

 21世紀を迎え、現在の「頭脳循環」時代にはいりました。これは、優秀な若者が今度は世界中の様々な国を移動し、機会を提供してくれる国で勉強したり、ビジネスを行うことを意味します。こうした状況をふまえて、OISTは真に国際的な教授陣を構築しつつあります。教授陣と学生は、沖縄と日本のニーズを満たし、そこで提供される機会に応じるでしょう。しかし、同時に彼らはグローバル市民でもあります。MITが設立された150年前とは島や国の状況が大きく異なっているのです。

 ところで、今日、私が「頭脳統合」と呼ぶところの、より刺激的な現象が始まっています。「頭脳統合」とは、世界中の研究者、学生、起業家がインターネットとワールドワイドウェブでつながり、いわゆる「クラウド」を通じた巨大なコンピュータ能力を利用できるようになることを意味しています。世界各地の科学者、技術者などのコミュニティは、難問解決のために大規模な計算データや分析を用いて考えを統合してゆくでしょう。この「頭脳統合」では、OISTが科学技術面で人類に大きく貢献し始める時代を特徴づけるであろうと思っています。

 「頭脳循環」および「頭脳統合」の概念は、物理的な場所がもはや重要ではないことを意味しているでしょうか。そのようなことは絶対にありません。大学の場所は今なお重要です。大学キャンパスは、世界が情報テクノロジーで結ばれたからというだけで廃れるものではありません。これには、少なくとも3つの理由があります。まず、指導と学習は大いに人間的な活動であるからです。機械はこれらのプロセスを向上させることができ、今後もさせるでしょうし、多くの情報を利用可能にしてくれますが、学生たちと教授たちが共に生活し学ぶときに起きる魔法に、取って代わることはないでしょう。そうした魔法は、機械の力でより素晴らしくなることはあっても、取って代わられることはないでしょう。

 場所がなお重要であることの第2の理由は、各大学が独自に個別の実験・分析用インフラを開発するからです。「頭脳統合」が約束する重要なことの1つは、高価な装置を多くのキャンパスが重複して保有する必要がなくなるという点です。むしろ、それらは世界規模の協力の中で共有され得るものなのです。

 場所がなお重要であることの第3の理由は、大学が文化の中で存在しているからです。OISTが真にユニークな文化的環境をもつだろうということを、特に素晴らしいと思います。日本古来の価値観と規律に、沖縄と琉球列島の独自性と豪放な精神が加わるでしょう。OISTでは、この文化融合に加え、西洋からとアウストロネシア(マダガスカル島からハワイ島およびイースター島に至る太平洋中南部の諸島を含む広大な地域)文化のクロスセクションからの寄与が加わります。

 しかし、ワールドクラスの科学技術系の大学院大学をなぜここ沖縄に設立するのかという理由を探求することは重要なので、研究系大学の目的について、思うところを少しお話しさせてください。

 研究系大学の目的は、「機会」を創造することだと思っております。中心的な目的は、卒業生に機会を提供することです。大学で受けた教育により、卒業生は生産的な市民になる機会、興味深い重要な職業に就く機会、そして知的生活を追求する機会に恵まれるのです。

 しかし、研究系大学はまた、企業や産業界にも機会を提供します。これは、大学が教育程度の高い、よく訓練された労働力を輩出することによるものです。しかし、さらに突き詰めれば、大学は研究を通じて新しい製品、プロセス、サービスにアイデアを提供します。ここでもまた場所が重要になります。というのは、教授陣、学生、起業家、ビジネスリーダーが直接会って交流することで、新しい物事に成功するうえで何よりも重要なシナジーが生まれるのです。私の友人であり、同僚であるデシュ・デシュパンデ(Desh Deshpande)氏は、大きな成功を収めたインド系アメリカ人起業家ですが、あるとき、成功する起業家とは、現実の人々のニーズだけでなく、特定の文化や場所でうまくいくものといかないものを評価できる人であると教えてくれました。

 つまるところ、研究系大学からの人材とアイデアの流れが、地元、地域、国に機会を提供するのです。これは経済、安全保障、生活の質を向上させる機会です。しかし、ここで私はひとつ注意を付け加えたいと思います。われわれには忍耐が必要です。研究系大学がいつ、どのように地域経済を向上させるかを計画し、予測することは非常に困難です。米国では、ボストン周辺のルート128地帯を計画した者はおらず、シリコンバレーを計画した者もいませんでした。MITやスタンフォードなどの大学が、優秀で、革新的なアイデアを生み出す冒険心に富む教授陣と学生を輩出し、彼らが地域のビジネスパーソンや企業と強い絆を築いた結果としてこうした地域が登場したのです。MITとスタンフォードは顕著な特徴を共有しています。これらの大学において、最も基礎的な研究と古典的学問は、高度応用研究や産業直結型の研究と並び立ち、相互に尊重しあって存在しています。やがて、OISTも同様のバランスの問題に取り組むことになるに違いありません。

 学者として、われわれは一般に、新しいアイデアや技術が研究系大学から企業へ流れることについて第一に考えます。しかし、大学が新設企業や、その他の先見の明のある企業を近くに引き寄せていることについて別の理由があることが先の調査からわかっています。大学は、企業とその従業員にとって生活の質を向上させる、魅力ある知的・文化的環境を提供するうえで役立ちます。大学はまた、このコミュニティのあらゆるレベルの教育を刺激し、質を向上させる傾向があります。さらに、大学は科学者、技術者、ビジネスリーダーが互いに興味ある話題を議論できる刺激的で中立的な場を提供します。これらの要素は、企業がビジネス拠点や研究所の設置場所を決定する際に、非常に重要であることが研究からすでに明らかになっています。

 OISTは、21世紀の新しい研究系大学として、独自のユニークな特徴と手法を作りだすでしょう。しかし、20世紀の研究系大学の経験からは、6つの基本的な教訓が得られておりますので、これらを沖縄の21世紀の大学に検討してほしいと思います。

教訓 1: 指導と研究は緊密に関連しあうべきである。

 第1の教訓は、指導と研究は緊密に関連しあうべきで、等しい重要性を与えるべきであるというものです。指導と研究は分離することができず、研究系大学の真価を決めるのはそれらのシナジーです。

 かなり前になりますが、当時スタンフォード大学のプロボーストであったフレデリック・ターマン氏が、スタンフォードには教育機関になってほしいか、研究機関になってほしいかという質問を受けました。彼は、学びのlearning機関になってほしいと答えました。21世紀の研究系大学も、この広い意味で学び ―発見を通じた学びと、指導と過去の探求を通じた学び― に向けて邁進しなければなりません。

 長い目で見れば、大学を刺激的な、創造的な、冒険心に満ちた、厳格な、要求の多い、能力を引き出す環境にすることは、個々のカリキュラムや研究プログラムの詳細よりずっと大切なことなのです。

教訓 2: 研究系大学の質は、その教授陣の質で決まる。

 第2の教訓は、研究系大学の質は、その教授陣の質より高くはなり得ないということです。教授陣が、研究系大学の決め手となります。21世紀の研究系大学は、最良の教授陣をひきつけ、養成し、能力を引き出すよう努力しなければなりません。ワールドクラスの教授陣を作り上げるために重要な課題には、真剣な取り組み、不屈の精神、忍耐、高い学問的価値へのこだわりと熱意が必要です。一部の経験豊富な、優秀な年長の教授がOISTに雇用されることはあるでしょうし、実際雇用されていますが、結局は、若い教授陣が大学の職位を上りながら成長することが重要です。

教訓3: 科学は開放的な環境でのみ開花しうる。

 第3の教訓は、科学は開放的な環境でのみ開花しうることです。科学は、閉鎖的環境では廃れてしまいます。組織や政治の垣根を越えた人とアイデアの自由な流れは、偉大な大学が機能するために不可欠です。科学を実践するプロセスそのものでは、他者が誰かの仮説に挑戦し、独立して実験結果を確認し、理論上の結論を確認することが必要です。科学が孤立して行われることはありえません。もちろん、さまざまな見解や経験を有する学者、科学者、エンジニアの間の交流は、創造性と革新をもたらします。このような交流は、研究系大学の真骨頂です。知的にオープンな環境を維持するには、組織の高度な自主性を確保し、政治やイデオロギーの力から保護されることが必要です。

教訓4: 若い教授陣には、自らが重要だと考える研究・指導を自由に行う環境が必要である。

 第4の教訓は、新しい若い教授陣に彼らが重要だと考える研究および指導を行なえる大いなる自由を与えることが不可欠であるというものです。彼らは年長の教授たちの研究助手として働くべきではありません。年長の学者の知恵と見通しは重要ですが、ほとんどの新しい劇的な洞察やイノベーションは、輝かしい若者たちから生まれています。しかし、知的自由度が高ければ、同様に大きな責任も伴います。教授陣は、そのキャリアの早期においても、特にピア・レビューのプロセスに固有の評価と建設的な批判を通じ、常に最高の学術水準を維持しなければなりません。若い教授陣と毎年入学してくる学生たちがもたらす新鮮さが、偉大な研究系大学のカギなのです。

教訓5:  競争は高等教育内に卓越を生み出す。

 第5の教訓は、最高の教授陣および学生をひきつけ、留めようという大学間の競争、アイデアの自由市場における教授および研究グループ間の競争が、卓越を生み出すというものです。このような組織間での競争は、特に今日、大学がグローバル規模で競争しているため、一見、費用がかかり、非効率で、複雑にみえるかもしれません。しかし、競争により研究、指導、教育方針、勤務環境、施設が改善し、さらに非常に重要なことですが、アイデアと人も成長します。偉大な教授陣は優秀な学生たちを引き寄せ、優秀な学生たちが偉大な教授陣を引き寄せるのです。

教訓6: 基礎研究は、応用研究・イノベーションと同じ平面に位置しなければならない。

 第6の教訓は、基礎研究は、応用研究、イノベーションと同じ平面に位置しなければならないということです。この点は、本講演のなかですでに強調しました。21世紀にはいり、われわれは研究系大学が、技術とイノベーションを市場に移転させることを通じて国民と地域に機会を創出していることに十分気づいています。産業関連の研究はますます重要性を帯び、起業家精神に富んだ環境が教育を今日的なものにしています。

 しかし、実用的な問題の解決と、産業界への技術移転に走るなかで、自分の立場を見失ってしまい、自然についての真実を発見し、アイデアを公表し、人類の精神を高めるという大学のより深淵な目的を忘れてしまうおそれがあります。大学を過剰に実用主義的な場にしてはなりません。大学は、アイデアを交換、評価、統合するべき場所なのです。

 科学技術を中心に据えたOISTのような大学においても、自然について真実を発見するための基礎的な、好奇心に動かされた研究は、産業界や人類が直面する大問題の解決にそのまま応用できる研究の役割と同じく中心的な役割を果たさなければなりません。純粋な学問と応用研究は、相互に尊重し合って行われるべきです。どちらも重視されるべきです。どちらも等しく厳格な基準に従い、相互に情報を交換すべきです。

結び

 われわれは、2つの対立する傾向、すなわち統合と細分化を特徴とする時代に生きています。現代の交通、商業、コミュニケーションにより、地球上のすべての地域と人々は、ますます繋がりを深め、統合化されています。われわれはまた、一つの惑星に住んでいるがゆえに、繋がり、統合化されています。この貧弱で脆い環境を共有し、その生態系と限りある資源を共有しています。平和に健康で暮らしたいという、どこに住んでいようとすべての人に共通の願望により繋がり、統合化されています。この世界、宇宙、そして互いに対する共通の好奇心により繋がり、統合化されています。多くの場所で、歴史上のさまざまな時代に生きた多くの人々により発展してきた知識と理解により繋がっているのです。

 しかし、同時に、新旧の勢力が細分化を引き起こしています。文化、歴史、地理、誤解、そして異質なものへの恐怖という断層線によりわれわれは分断されています。

 本日ここに集ったわれわれは、この時代を支配するトレンドが細分化ではなく、繋がりと統合でなければならないという共通の信念を分かち合っています。教育、学問、発見、機会の創出はわれわれを一つに束ね、一丸となって平和と繁栄の構築を可能にさせ、この地球上で共に生きるという挑戦に立ち向かわせます。われわれは、知識とその賢い利用により世界中の生活の質が高められると信じています。科学と技術が、この探求において中心的で、まさに不可欠な役割を果たしうると信じています。

 これらの理由により、沖縄科学技術大学院大学が未来に向けて出発するにあたり、祝福すべきことが数多くあります。この「知識の時代」にあって、21世紀の研究系大学は、啓発、統合、繁栄のために大きな力になることができ、そうなるに違いありません。21世紀の研究系大学は1国、1大陸、1地域のみで繁栄すべきではありません。あらゆる地域で、あらゆる人々のために発展し、良い仕事を広げてゆくべきなのです。

 ドーファン学長にお祝いを申し上げるとともに、この21世紀の大学を力強く、かつ先見の明をもって設立したことにつき、沖縄県民の皆さんと日本政府の前向きな考えに敬意を表します。OISTは沖縄で生まれ、ここで育まれます。年月と共に、沖縄に大きな恩恵をもたらすでしょう。さらにOISTは、頭脳統合時代のグローバルな機関として世界にも貢献するでしょう。

 ­­­­­皆さんの旅路にご多幸を祈念するとともに、何年か後に皆さんが創出した機会を見られるものと期待しております。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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