世界トップレベルの大学に

Aiming for Top Level in the World

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の学長になられた経緯は…。

グルース 私はヘッドハントをしている企業からアプローチを受けたことをきっかけに、OISTに対して興味を持った。当時は、世界トップクラスの学術研究機関であるドイツのマックス・プランク学術振興協会の会長を退いたばかりだったが、OISTのことをネットで調べられる限り調べたところ、マックス・プランクが成功している要因のほとんどのことをOISTも行っているということがわかり、OISTの学長になることを決断した。OISTの顔として、学内だけでなく、学外、地元の方々、恩納村、沖縄県、そして産業界、学術界、国内国外問わず、さまざまなステークホルダーと協力関係を築き、よりOISTを成功へと導いていきたいと考えている。

学長に就任してから大きく変わったところは…。

グルース 01年に提唱されて以来、OISTの理念は、OISTの価値を上げ、成功に導くために本当に必要なものであり、OIST設立の父たちが成功のための基礎を徹底してくれたと評価している。私が17年に着任して以降は、ガバナンス、それから採用・雇用のやり方、そしてその厳格さを変えてきた。OISTは着実に世界トップレベルになっていると自負している。特に今年は、20年から30年までの戦略計画を打ち立てた。

ガバナンスで最も心がけていることなどは…。

グルース OISTの理事会は、OISTの将来にとって非常に重要なことを議論する場だ。理事会ではさまざまなディスカッションをしており、OISTが前進するためには何が最善かという話をしている。私は着任後、2名のノーベル賞受賞者をさらに理事会に加えることを提案した。理事の方々に重要な戦略や今後のOISTが向かうべき道筋などを提案することが、私の最重要任務の1つだと考えている。また、OISTにはさまざまな諮問委員会があるが、そのうちの1つがどのような研究を進めていくべきかを諮る委員会だ。これは世界トップレベルの科学者たちで構成している。さらにOISTの現在の状況をチェックし、今後のための提案をする、そういった目的の外部評価委員会がある。委員にはOISTに実際に来ていただき、そしてOIST全体の評価をしていただいている。こうした委員のなかには多くのノーベル賞受賞者が参加しており、最高レベルの評価をされていると感じている。また、日本国民、世界中の方々、日本の政治家のOISTへの見方を変えたのが、OISTが入ったランキングだ。去年、ネイチャー誌を発行している出版社、シュプリンガー・ネイチャーから、質の高い論文の割合で日本国内では1位、世界では9位と、高い評価を得た。これが可能だったのは、OISTは世界で最も優れた科学者、そして教職員を採用することができたためだと考えている。昨年、OISTが教員の募集を世界中にかけたところ、1544名の応募があり、そのなかから優れた18人を選ぶことができた。これは世界中でOISTに対して関心が高まっていることの表れだろう。OISTの教員の60%以上は外国人であるが、世界中からトップの科学者たちを選ぶことで、OISTが最先端の科学を研究するという保証が取れていると考えている。

日本の大学とは雰囲気がまったく異なるように感じる…。

グルース 伝統的な日本の国立大学などとOISTとの違いというのはいくつかあるが、1つがガバナンスだ。非常に細かいことではあるが、OISTの場合、学長が、教員からではなく、理事会から選ばれることになっている。教員が選ぶ場合、自分にとって都合の良い候補を選ぶ可能性があるが、理事会が選ぶ場合にはOISTの未来のために誰がベストかということを考えて選ぶことができるため、それがまず重要なガバナンスの違いだと捉えている。そして2つ目の理由が、「ハイトラストファンディング」にあると考えている。OISTは教員に対しある程度自由に研究を進められるだけの資金を提供しているため、公的な競争的研究資金(グラント)の割合はおよそ5%~7%程度である。こうしたことによって、技術と競争力のある研究が可能となっている。日本とそのほかの世界のハイテク国家を比べると、日本は大変に非効率だ。これはグラントの申請に時間が掛かることも挙げられるが、グラントの申請と研究の生産性には関連性がある。グラントを得るためには、すでに主軸と認められている研究をしなければならないため、まったく新しい研究をすることができなくなってしまう。一方OISTでは、研究プロジェクトに資金を充てるのではなく、ベストな人に資金をつけるという考え方だ。このベストな人材というのは、すばらしい研究プロジェクトを考えてくれる力がある人だ。

研究資金について、国からの助成金が多いために良い研究ができるのではないか、といった負け惜しみのような声も聞かれるが、この点はどう受け止めておられるのか…。

グルース そもそも日本の伝統的な大学とOISTを比べることは、まったく別のものを比べるようなものだろう。多くの日本の国立大学は助成金の割合は50~60%程度となっているが、それに加えて大学病院に来る患者の方からのお金や学部生からの学費が非常に大きな収入源となっている。しかし、OISTにはこの2つがないため、OISTと日本の伝統的な大学を単純に比較するというのは不公平だろう。

世界的にも評価が広がって来ているが、今後の目標や抱負は…。

グルース OISTはパフォーマンスに優れた大学だが、規模としては非常に小さい。例えば教員数で言うと80人しかいないが、東大であれば教授だけで1200人以上おり、OISTは非常に少ないということがわかる。社会にインパクトを与えていくためには、さらに成長を拡大していかなければいけないだろう。その点、我々が参考としているのが、アメリカのカリフォルニア工科大学だ。ここは教員数が約300名だが、学術界で非常に大きなインパクトを与えており、そして技術移転もアメリカ内で多く行っている。OISTはさまざまなことを組み合わせながら、すばらしい大学を作っていくことを目指しており、まずは採用の厳格性を強め、2023年までに教員100名体制を整えたい。教員は今後も採用していきたい。10年後に200名体制を目標としている。また、OISTが成長していけば、日本にとって重要な分野に対して科学者を採用することができるだろう。例えばサイバーセキュリティの分野に関してだが、日本では20万人のサイバーセキュリティ人材が不足していると言われている。

 そしてもう一つ、感染生物学の分野も科学者を補充することで、未来のパンデミックの影響を軽減することができるようになるだろう。 また、量子物理学の分野で、ここに補充できれば量子コンピュータの研究が進む。OISTの成長拡大に伴って、日本にとって重要な分野も強くなっていき、そして最先端の科学も強くしていけると考えている。また、OISTの目標の1つに、沖縄県の発展のために技術移転を行っていくというものがある。我々は特許の数で言うと、今はおよそ150の特許を取得しているが、今は恩納村とともに、大学のキャンパスの隣にイノベーションシティを作る計画を進めている。このイノベーションシティでは、スタートアップのなかでもハイテクに関連したスタートアップ企業を呼び込みたいと考えている。東京の政治家のグループがOISTへの支援を表明してくださっている方もいらっしゃるうえ、企業との連携も進んでおり、この沖縄県内にハイテクエリアを構築する試みは成功するだろう。

 今は恩納村と共同で国家戦略特区スーパーシティの申請も進めているところだが、このスーパーシティにイノベーションシティのプロジェクトを組み合わせていく。どちらもテクノロジーを中心としており、例えば、自動運転のシャトルバスがイノベーションシティと恩納村、大学のキャンパスをつなぐことを想定しているが、規制緩和が進めば、恩納村内に50ほどもあるリゾートホテルなどともつなげてはどうか。また、そこには科学のエンターテインメントもぜひ取り入れたい。科学の情報を若い人たちに楽しく伝えられる科学のミュージアムで、チームラボと協力できないか相談を進めているところだ。こうしたことが、OISTが科学を通して地域社会や国際社会に貢献できることだと考えている。

ぜひ大学で金融や経済も研究していただきたい…。 

グルース 残念ながら今年はコロナの影響で始めることは難しいものの、来年にもぜひ取り入れたいと考えているのが経済やスタートアップ文化、社会科学の授業だ。我々は専門家とOISTの教員たちとともに、こうした追加カリキュラムを導入したいと考えている。単位を与えることはできないものの、学生達をトレーニングする目的の追加カリキュラムとして導入していきたい。米国では、75%の仕事は設立5年以内のスタートアップから生まれている。スタートアップを起業したり、投資したりする文化を根付かせることが大切で、そのためには規制緩和も必要だ。今後の課題としては、OISTは日本国民の税金によって資金を得ているため、日本の国民の皆様にOISTの価値を理解していただくこと、そして今後、10年間で国からの助成金を確保し、教員200名体制へとつなげていく。イノベーションシティの計画なども、助成金が増えていかなければ達成は難しいだろう。

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