DNAの電話帳を読み解く

高解像度のゲノム相互作用リストにより、疾病に影響を及ぼすDNA部位間の「長距離電話」を把握

 この度、日本と英国の研究グループによりゲノム上の相互作用に関する新しいリストが作成され、炎症性腸疾患のような疾病研究に新たなヒントをもたらす可能性が示されました。沖縄科学技術大学院大学(OIST)でゲノム・遺伝子制御システム科学ユニットを率いるニコラス・ラスカム教授は、「遺伝子疾患はいかなるものも遺伝子の制御と関連しています。遺伝子制御についての理解が深まれば、それだけ疾病に対する理解も深まります。」と、語っています。本研究成果は、Nature Genetics (ネイチャー・ジェネティクス)誌オンライン版にロンドン時間2015年5月4日午後4時に掲載されました。

 遺伝子のスイッチのオン/オフを切り替えるDNAの要となる部位はプロモーターと呼ばれ、各遺伝子に1つあります。これまで、プロモーターの相互作用について包括的にまとめたリストが生物学者により作成されてきました。プロモーターが正しく機能しないと疾病が起きる可能性があり、プロモーター間の相互作用やDNAの他の部位との相互作用など、プロモーターに影響を及ぼす要因の解明には高い関心が寄せられています。本研究で新たに作成されたリストには、プロモーターが関与する100万以上の相互作用が記載されています。このような相互作用が起きていることは既に知られていたものの、各プロモーターが実際にDNAのどの部位と相互作用しているかについて、全ゲノム規模かつ高解像度で解明されたことはありませんでした。

 論文の筆頭共著者であるOIST研究員のフィリップ・タヴァレス-カデットゥ博士は、「私たちはいわばゲノムの電話帳を持っており、そこに載っている人たちが電話をかけていることは知っていたのですが、誰と誰が通話しているのかまではわかりませんでした。それが本研究で明らかになったのです。」と、述べています。同博士はOIST着任前のフランシス・クリック研究所勤務時代に、共同研究者と本研究のデータ解析を行いました。

 ゲノムは多くの長距離電話をかけています。プロモーターの相互作用の半数以上は、DNA線形配列上の距離でみると15万塩基対以上もプロモーターから離れた場所にあるDNA部位との間で行われていました。細胞内ではDNA鎖はコンパクトに折りたたまれてループ状になっているため、すべての塩基対を一列に並べるとかなり離れているDNA部位どうしが、実際には近接して存在することが多いからです。この新しいゲノム相互作用リストでは、プロモーターとプロモーターから数100万塩基対離れているDNA部位との間に生じる相互作用を、22,000以上も捉えることができました。従来の方法ではわずか90しか見つからないため、これは飛躍的な成果です。

 このリストを作成するため、キングス・カレッジ・ロンドンのキャメロン・オズボーン博士や英国バブラハム研究所のピーター・フレイザー博士を含む大規模な共同研究チームが形成され、Capture Hi-Cと称する新技術を開発しました。これは従来の方法を作り直したものですが、DNA標的部位を認識できるように同チームの研究者が修正し、配列解析の性能を最大化しました。今回プロモーターを標的にすることにより、プロモーターの相互作用を何10万も捉えることができました。他の方法と比べると、実に67倍にもなります。「この方法を用いれば、相互作用のネットワークがいかに協働して遺伝子制御を行っているかについて深く掘り下げて研究することができます。」と、キングス・カレッジ・ロンドンのキャメロン・オズボーン博士は語った上で、「細胞の持つ相互作用のセットは細胞の種類によって異なるはずですから、これはまさに始まりにすぎません。」と、今後の研究への期待を口にしました。

 遠距離プロモーター相互作用には、特に疾病研究分野で高い関心が寄せられています。一塩基多型(SNP)として知られるDNA突然変異は、DNA鎖の線形配列上で遺伝情報が全く無いように見えるところ(遺伝子の外側にあるか、遺伝子から遠く離れていることが多い)にぽつんと存在することが多いため、その変異の影響を受ける遺伝子の同定が難しく、したがってどの遺伝子が特定の疾病と関連があるのか、なかなか明らかにできないのです。

  本研究では、既知のSNPと相互作用するプロモーターに着目することにより、クローン病などの炎症性腸疾患に関与することが知られている遺伝子の同定に成功し、今回新たに確立された方法の有効性が確かめられました。現在では、世界中の研究者がこのリストに自由にアクセスし、疾患に関与している可能性の高い相互作用や遺伝子を探索できます。「このようにSNPがどのプロモーターと相互作用しているのかがわかるので、SNPが作用を及ぼすのは線形ゲノム上で最も近傍の遺伝子だろうと単に仮定するよりも、実際の生命現象に大きく近づけます」とタヴァレス-カデットゥ博士は語っています。

 また、リストの解析中、研究チームは遺伝子のスイッチをオフにする新たな要因も発見しました。遠距離「オン」のスイッチの存在は既に判っており、エンハンサーとして知られています。今回研究者たちは、遠距離「オフ」スイッチ、すなわちサイレンサーと呼ぶものをみつけました。遠距離サイレンサーを発見したのは、抑制型ヒストンと相互作用しているプロモーターに着目しているときでした。ヒストンとは、DNAが巻きついているタンパク質のことで、糸を通したビーズのようにみえます。

 タヴァレス-カデットゥ博士は「私たちは、遠距離サイレンサーの多くがプロモーターと接触し、遺伝子発現スイッチをオフにしているのではないかと考えています。この発見は、ゲノムが正しく機能するために、プロモーター相互作用が果たしうる役割の重要性を明らかにするものです。」と、語りました。

プレスリリース(PDF)をダウンロードする。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: