沖縄の気候に適応した持続可能な伝統布「芭蕉布」―技術を守り、未来につなげていくために
人類は古来より、手と感覚を頼りに、自然の中から美しく実用的なものを生み出してきました。昔の職人たちは、現代のような精密な道具や科学的な知識を持っていなかったかもしれません。それでも彼らの作るものは、時代を超えて色あせることなく、今なお私たちの暮らしに息づいています。近年では、持続可能な建築や素材、織物のヒントを得るために、研究者や技術者がこうした伝統工芸に改めて注目するようになっています。
夏になると高温多湿な気候が続く沖縄の島々。現代ではエアコンが普及していますが、歴史を通じて沖縄の人々は、どのようにして涼しく快適に暮らしてきたのでしょうか。その答えの一つが、地域に根ざした建築様式にあります。住居は厚い珊瑚や石灰岩の壁で囲まれ、家屋は低く、内部は開放的な間取りになっています。これにより、台風の強風を防ぎながら、涼しい風をうまく取り込むことができます。そして衣服には、芭蕉布(ばしょうふ)が使われてきました。芭蕉布の着物は、乾きやすくて涼しいだけでなく、硬いと言われるバナナの繊維から織られているにもかかわらず、驚くほど柔らかいのが特徴です。
最近では、芭蕉布がどのようにして亜熱帯の気候に適した織物となっているのかを明らかにするため、科学者たちがこの伝統工芸に注目しています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、科学誌『Scientific Reports』に発表した論文の中で、芭蕉布の素材と技法が繊維構造にどのような変化をもたらし、柔らかさ・丈夫さ・通気性を兼ね備えた布地を生み出しているのかを詳しく分析しました。「職人たちは、遅くとも16世紀にはすでに芭蕉布を作るための直感的な技術を築いていました」と、論文の著者であるOISTサイエンス・テクノロジー・グループの野村陽子博士は語ります。「今回の研究では、その“直感”が、現代の植物科学の視点から理論的に裏付けられることを示すことができました。」
一本一本、層ごとに、工程ごとに品質を見極める職人技
芭蕉布づくりに欠かせないのが、イトバショウ(学名:Musa balbisiana var. liukiuensis)です。特に3年目のイトバショウの偽茎(葉鞘)部分が材料として使用されます。この時期の偽茎では、中心部の繊維(ナハグ)が柔らかく、着物用の織物に適した強度としなやかさを持っています。繊維は中心から外側に向かうにつれて硬くなり、柔軟性が低下します。外層側の葉鞘(ワーハ)は、インテリアの織物用として選別され、職人によって用途に応じて使い分けられます。「職人たちは、偽茎から繊維を分離する際、材料の手触りや色合いを頼りに、できる繊維の違いを見分けています」と、OISTイメージングセクションの小泉好司博士は説明します。上質な着物を1着作るには、少なくとも200本の偽茎から繊維を採取する必要があり、この作業には熟練した技が求められます。「本研究による画像解析により、ナハグ繊維はワーハ繊維に比べて細胞壁が著しく薄いことが判明しました。これは肉眼では確認できませんが、職人たちは葉鞘の触感と色合いによってできる糸を分別し、さらに緯糸用と経糸用のナハグ繊維まで区別しているのです」と小泉博士は説明します。
b-g) は繊維の断面図を同じ順序で示している(b: ワーハ、c: ナハウ、d, e: ナハグ・ヌキ、f, g: ナハグ・ハシ)。各繊維を特徴付ける細胞壁の厚さの差異が確認できる。繊維のハニカム構造は、水分の拡散を促し、汗を皮膚から遠ざけることで体を涼しく保つ役割を果たすと考えられる。
h-k) は染色顕微鏡画像に基づく3D投影像を示している。加工過程で蓄積された残留物(矢印)が一部に見られるが、より細いナハグ繊維(k)ではこの残留物は確認されない。
l-s) は繊維表面の走査型電子顕微鏡(SEM)画像を示す。上段のスケールバーは100μm、下段のバーは10μmとなる倍率で撮影されている。ナハグ繊維は、他の繊維に比べて表面が滑らかであることが確認できる。
芭蕉布の製作には、イトバショウの偽茎から衣類へと加工するまでに、23の工程が必要です。これらの工程を最適化するために、実験室技術の導入が一部で試みられてきましたが、伝統的な方法と同等の品質を達成した例はありません。研究チームは、各加工工程が繊維に与える影響の記録、引張強度の試験、そしてイメージングによる繊維細胞の形態解析を通じて、芭蕉布の技術を後世に継承するとともに、沖縄の気候に適した独自の工芸品に関する将来の研究基盤の構築を目指しています。
「この技術を継承されている方々とは緊密な関係を築いており、製造が非常に困難な素材をご提供いただいたことに深く感謝しています」と野村博士は述べています。「芭蕉布からは学ぶべきことが多くあります。その繊維のハニカム構造は、水分を拡散させることで汗を皮膚から効果的に遠ざけ、涼しさを保つと考えられます。さらに、製造工程と製品そのものが非常に持続可能である点も見逃せません。これは文化的遺産であると同時に、科学的にも興味深く,私たちがその保存に貢献したいと考える理由です。」
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