ノーベル賞受賞 ペーボ教授の「なにが人類を特別な存在たらしめているのか?」を探求する旅

現生人類のみに存在する遺伝子変異を特定したスバンテ・ペーボ教授が次に向かうのは、その遺伝子が人類の進化に影響を及ぼしたかどうかを探る新たな境地でした。

Svante Pääbo against golden background including Nobel Prize medal and DNA helix
スバンテ・ペーボ教授の来日に合わせ、2023年1月に東京と沖縄で一般向け講演会を開催します。現在、先着順でお申し込みを受け付けています。詳細は以下リンクをご参照ください。

ペーボ教授は、その研究キャリアを通して古代の骨からDNAを抽出し配列決定を行う方法を開拓し、人類の進化に関する知識を書き換えるような重大な発見をいくつも行ってきました。ネアンデルタール人のゲノム配列決定にも成功し、現生人類にもネアンデルタール人から受け継いだDNAが残っていることを発見しました。この発見は、数万年前にホモサピエンスとネアンデルタール人が共存し、交配していたことを示す紛れもない証拠です。また、シベリアの洞窟で発見された古代人の指の骨からDNAを採取し、絶滅した新たな人類であるデニソワ人を発見しました。

古代DNAの配列決定技術の最適化に向けた研究が進められている中、ペーボ教授は現生人類と絶滅した人類のDNAを比較し、現生人類だけに見られる遺伝子変異を特定する研究に着手しています。その目的は、これらの違いによって機能的な変化がもたらされたかどうか、つまり現生人類に特有の遺伝子変異が私たちの進化に影響を及ぼしたかどうかを確認することです。

「現生人類を特別な存在にしている要因は何か、私たちの行動の根源にあるものは何かというテーマに興味があります」とペーボ教授は述べています。

ヒト化マウス

ペーボ教授は、2020年5月に教授(アジャンクト)としてOISTに着任し、ヒト進化ゲノミクスユニットを率いてきました。研究室では、現生人類か古代のネアンデルタール人のどちらかの遺伝子変異を組み込んだ遺伝子組み換えマウスを作製してきました。

Svante Pääbo stands in a line with four other members of the Human Evolutionary Genomics Unit.
OISTヒト進化ゲノミクスユニットのメンバー(左から:技術員の安座間 智香さん、スバンテ・ペーボ教授、シァンチュン・ジュ博士、キンユ・リ博士、リサーチユニットアドミニストレーターの奈良井 千依さん)。

同研究ユニットのポストドクトラルスカラーであるシァンチュン・ジュ博士は、その研究目的を次のように説明しています。「この『ヒト化』マウスを通常のマウスと比較することで、現生人類特有の遺伝子変異が、マウスの行動や、脳や筋肉の発達に影響を与えるかどうかを確認することができます。」

現生人類に特有の変異がみられるADSLという遺伝子は、攻撃的な行動と関連があるといわれています。

研究チームは、ヒト化マウスと通常のマウスの支配行動を比較するため、実験室にマウスの行動を自動追跡するインテリケージシステムを設置し、観察を行いました。

ジュ博士は、次のように述べています。「現時点で得られている初期結果によると、ヒトのADSLを持つマウスの方が、より強い支配行動をとることが示されています。しかし、両者の遺伝子変異は非常に似ていて、それらのコード化タンパク質の違いは、たった1個のアミノ酸だけです。ですから、それによって生じる行動の変化は非常に小さなものです。断定的な結論を出すには、より多くのデータを集める必要があります。」

同ユニットのポストドクトラルスカラーであるキンユ・リ博士は、ADSLのほかに、AMPD1と呼ばれる別の酵素が果たす機能についても調査しています。これらの酵素は、いずれも骨格筋の発達と機能に欠かせないプリン体の代謝に関与しています。

リ博士は、次のように述べています。「ネアンデルタール人の特徴のひとつとして、現生人類よりもはるかに筋肉量が多いことがよく知られており、運動能力に関連付けられる遺伝子変異の多くは、現生人類よりもネアンデルタール人に多くみられます。私の研究目標は、これらの遺伝子変異が私たち現生人類とネアンデルタール人との間にどのような違いをもたらしているのか、そしてそれによって人類の進化にどのような影響がもたらされた可能性があるのかを明らかにすることです。」

これまでリ博士は、現生人類のADSL変異体やネアンデルタール人のAMPD1変異体を持つマウスが身体運動にどのように反応するかを調べる実験を行ってきました。また、ネアンデルタール人の変異体を持つ遺伝子組み換えヒト幹細胞株が骨格筋細胞に分化する過程でどのような変化が起こっているかも調べています。

新たな橋を架ける

ペーボ教授は、この2年間にわたり、ベアン・クン教授が率いる光学ニューロイメージングユニットなど、OISTの他の研究室との共同研究も行ってきました。

クン教授は、次のように述べています。「光学ニューロイメージングユニットでは、脳内のニューロンの活動や、それがどのように行動に影響を与えるかを研究し、画像化しています。私たちは、特に複雑な協調運動を必要とする舌の動きに注目して研究を行っていますが、舌の動きは、人類の進化において非常に重要である会話と言語の発達に不可欠です。ですから、この分野でペーボ博士と私の研究が自然と重なったのです。」

同研究プロジェクトでは、言語を理解し、言葉を発するのに重要な遺伝子であるヒトのFOXP2を遺伝子操作で組み込んだマウスを使用します。クン教授の研究チームが開発した装置を使用して、マウスに舌で餌のペレットを取るタスクを与えます。このとき、マウスのニューロンの活動の画像化も同時に行うことができます。

「これは、通常のマウスとヒトのFOXP2を組み込んだマウスとでは、どちらが舌を上手に使えるかを調べる実験です。今その結果を解析しているところですが、どのような解析結果が得られるか非常に楽しみです。」

ペーボ教授のユニットは、福永泉美准教授が率いる知覚と行動の神経科学ユニットとも共同研究を行っています。福永准教授の研究室では、脳が環境中の化学物質の情報をどのようにして柔軟に処理しているかを研究しています。

福永准教授は次のように述べています。「動物は、そのニーズや周囲の状況に応じて化学的なシグナルに対する反応を変え、適応する必要があります。この高度で複雑なメカニズムは、脳の特定の分野で起こると考えられており、その分野はヒトの脳で特に発達しています。」

福永准教授は、ヒトの遺伝子変異を持つマウスを使うことで、特定の遺伝子がこの行動にどのように関与しているかを明らかにしたいと考えています。研究では、2種類の香りを用意し、最初にその片方の香りをマウスに嗅がせた後、短い時間を置いてもう片方の香りを嗅がせ、その香りが最初の香りと同じであるかどうかを報告するようにマウスを訓練します。

福永准教授は、次のように説明しています。「マウスにとって、匂いを識別して記憶することは、複雑なタスクです。ヒトの遺伝子を持つマウスが、この作業をより正確に行えるかどうか、また、匂いをより長く記憶できるかどうかを確認することがねらいです。」

現在行っている研究はFOXP2遺伝子を対象としていますが、今後、人類を特別な存在にする重大な役割を果たしている可能性のある他の遺伝子変異の影響も探っていく予定です。

2022年ノーベル賞授賞式は、日本時間12月11日(日) 0:00より開始されます。こちらで視聴できます。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: