古代人類ネアンデルタール人とデニソワ人を語る-私たち現生人類を定義するものとは?

絶滅した人類のゲノムを使って、現代人の過去と現在を解き明かそうとするスバンテ・ペーボ教授の探求の旅

Of-Neanderthals-and-Denisovans-What-defines-us-as-modern-humans

4万年前までは、私たちはこの地球上で唯一の人類というわけではありませんでした。ヨーロッパの大草原地帯ではネアンデルタール人が歩き回り、デニソワ人はアジア中に広がっていました。インドネシアには小型の人類「ホビット」が、アフリカには他に少なくとも3種のヒト族が存在していたのです。これらの初期人類は多くの点で現代人と似ていたことがわかっています。彼らは比較的大きな脳を持ち、狩猟採集社会に住み、火を使うことができました。その後、現生人類が地球全体に広がったのと時を同じくして、他の人類種はほぼ一斉に姿を消しました。その結果、3~4万年前から現在までは、私たちが唯一の人類種として存在してきましたが、それは、歴史の中では非常に特殊な期間といえるでしょう。   

いえいえ、私たちは完全に唯一の人類だったわけではないようです。沖縄科学技術大学院大学(OIST)に新しく着任したスバンテ・ペーボ教授がこれまでに発見したように、大半の現代人のゲノム(全遺伝情報)には、ネアンデルタール人またはデニソワ人(もしくはその両方)のDNAがわずかに混ざっています。ペーボ教授はゲノミクス、神経生物学、古生物学を融合して、古代人類はどのようなヒトたちで、現代の私たちに今なおどのような影響を与えているかについて研究しています。

5月からOISTでヒト進化ゲノミクスユニットを率いているペーボ教授は次のように話しています。「私たちは2010年に、ネアンデルタール人の全ゲノムの概要解読に初めて成功し、ネアンデルタール人が現代人の祖先と交雑していたことを示すパターンを発見しました。ある意味では、古代人類は完全に絶滅したわけではなく、現代人の中でわずかに生き続けていると言うこともできます。私たちは現代人と絶滅した人類との間にどのような関わりがあるのかを理解したいと思っています。私たちの祖先は他の人類と出会ったとき、どのように交流していたのでしょうか。そして私たち現生人類を定義するものとは一体何でしょうか。」

Dr.Svante Pääbo
5月にOISTにアジャンクトとして着任したスバンテ・ペーボ教授(写真提供:フランク・ヴィンケン)
Frank Vinken

ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所でペーボ教授が率いる研究チームは長年、化石骨と絶滅した動物からゲノムを抽出する技術の開発に取り組んできました。研究グループは世界で初めてネアンデルタール人のゲノム解読に成功し、さらにデニソワ人を発見するなど、人類の進化を理解する上で大きな功績を残してきました。

ペーボ教授は説明します。「シベリア南部の山中にある洞窟は、デニソワ人、ネアンデルタール人、現生人類のすべてが住んでいたことがわかっている唯一の場所です。2016年、私たちは洞窟で発掘された小さな骨片のDNAシーケンス解析を行いました。そこには何千もの動物の骨片が紛れており、目で見ただけではこれが人間の骨だと判別することはできませんでした。 そこで私たちは質量分析法でタンパク質を分析することにより、これが人骨であると同定することができました。骨片のゲノムを調べたところ、ネアンデルタール人を母親に持ち、デニソワ人を父親に持つ女性であることがわかりました。この結果は当研究が大きな意味を持つ理由を明確に示しています。つまり、形態学的価値がほとんどない、もしくはまったくないものからでも知見を得ることができるということです。」

現生人類と古代人類との間に見られる機能的な違い

ペーボ教授は1年の3か月ほどをOISTでの研究に当てる予定で、OISTでは現生人類とネアンデルタール人・デニソワ人の遺伝的違いを中心に研究を行います。

「ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノム解析に続いて、これらのゲノムの違いがどのように機能に現れるかを研究することは理にかなっていると思います。現代人だけに見られる遺伝子多様体(バリアント)と、3つの種すべてに共通するバリアントの両方に関心があります。」

ペーボ教授の研究グループは、ヒト幹細胞およびマウスのゲノム編集を改善する手法の開発に取り組みます。古代人類の遺伝子バリアントを現代人のヒト幹細胞に挿入し、そうした遺伝子バリアントの一部をマウスに挿入する計画です。その結果、これらのゲノムはネアンデルタール人かデニソワ人のいずれかのゲノムのようになり、現生人類に特有の遺伝的変化がもたらした結果を研究することが可能になります。

「マウスを使った実験では、たとえばこれらの遺伝子が代謝や脳の発達、ニューロンの機能に与えた影響を調べることができます」とペーボ教授は話します。

ネアンデルタール人と現代人のつながりを探る

ペーボ教授がOISTで取り組むもう1つの研究は、現代人の中にあるネアンデルタール人やデニソワ人由来の珍しいバリアントを調査することです。この研究のために、チームは医療記録やゲノム情報、参加者のアンケート回答を集積している大手バイオバンクとの協力を進めています。

ペーボ教授は、「これまで、約50万人分の情報を持つ英国のバイオバンクと協働してきました。バイオバンクの情報を活用すると、およそ1,000人に1人にしか現れない、ネアンデルタール人由来の遺伝子を見つけることができます。それをもとに、これらの遺伝子が今日どのような影響を与えているかを調べます。今後は研究範囲を拡大したいと考えています。日本人はネアンデルタール人とデニソワ人両方に由来するDNAを持っているので、日本で研究できるのはうれしいですね」と語ります。

ペーボ教授によると、古代人類が残した痕跡の中には、特にアジアで非常に興味深いものが見られるということです。その一例は高地に暮らすチベット人に見られます。多くのチベット人の特定の遺伝子には変異が見られ、これにより彼らは赤血球を増産しなくても血液中に酸素を多く取り込むことができます。チベット人でない人の場合、標高の高い場所では血液の粘度が上昇し、血栓の形成を引き起こします。これまでの研究で、高地への適応はデニソワ人からチベット人の祖先にもたらされた可能性が高いことがわかっています。

「デニソワ人の特徴である適応力がなければ、チベットの標高3千メートルの高地でこれほど人口が増えることはなかったでしょう。このような例は他にもあり、今後数年間でさらに多く見つかると予測しています。」とペーボ教授は話しました。

2つの研究プロジェクトはどちらもゲノミクスと神経生物学の分野にまたがっており、ペーボ教授は両分野のOIST研究者たちとの協働を楽しみにしています。「OISTにはこれら両方の領域に関心を持つ大きな研究者コミュニティーがあり、私にとって素晴らしい場所だと考えています。」

ペーボ教授が2014年に出版した著書『ネアンデルタール人は私たちと交配した』

2014年、ペーボ教授が自身の科学的発見に研究生活のエピソードを交えながら、ネアンデルタール人のDNA研究について執筆した本 『ネアンデルタール人は私たちと交配した』が出版されました。 ペーボ教授率いる研究グループが、ネアンデルタール人のゲノムマッピング確立に向けて奮闘する様子を中心に綴られています。

ペーボ教授に自身の研究者としてのキャリアのハイライトについて尋ねると、絶滅した人類のDNA配列を1996年に世界で初めて特定できたとわかった瞬間だと即答しました。「現代人のこのDNA断片に起こるバリエーション(多様性)についてはそれまでの研究で十分にわかっていました。そのため、シーケンサーから結果が出てきた瞬間に、それは人間のように見えても現代人とは違うものだということがすぐにわかりました。ネアンデルタール人のものだったのです。 心が震えた瞬間でした。」

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