サンゴ共生カッチュウソウのゲノム解読

OISTマリンゲノミックスユニットのメンバーがサンゴに共生するカッチュウソウ(褐虫藻)のゲノム解読に世界で初めて成功しました。

 OISTマリンゲノミックスユニットの將口栄一研究グループリーダーらは、サンゴに共生するカッチュウソウ(褐虫藻)のゲノム解読に世界で初めて成功しました。同研究グループはすでに2011年に世界に先駆けてサンゴのゲノム解読に成功しており、これで宿主(サンゴ)と共生者(カッチュウソウ)の両方のゲノム情報が得られたことになります。ゲノムはある生物の全遺伝情報ですので、これらの情報を駆使して、サンゴとカッチュウソウの共生関係の研究が飛躍的に進むことが期待されます。本研究成果は、2013年7月11日(日本時間7月12日)付のCurrent Biology (カレントバイオロジー) オンライン版で公表されました。

 なお、本研究は国内では国立遺伝学研究所、独立行政法人理化学研究所、東京大学大学院新領域創成科学研究科との共同研究です。

<研究の背景と経緯>
 サンゴ礁は熱帯雨林とならんで生物多様性の最も豊かな場所とされています。また、漁業や観光などと関連してサンゴ礁は経済的にも非常に大切な場所です。しかし、地球の温暖化や海水の酸性化などにより、サンゴ礁は現在危機的な状況にあります。すでに地球全体の1/3のサンゴ礁が失われつつあるという報告もあります。現在日本でも、地球温暖化防止とサンゴ礁保全には国をあげて取り組んでおり、去る6月29・30日に環境省・沖縄県主催の国際シンポジウムがOISTで開催されたばかりです。

 サンゴ礁を保全するために、サンゴ礁を作りだす主役であるサンゴ(造礁サンゴ)がどのような生物であるのかを理解することが必要不可欠です(図1)。造礁サンゴはクラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物の仲間ですが、他の刺胞動物には見られない二つの特徴を備えています。一つはカッチュウソウという渦鞭毛藻の仲間(真核生物の一グループ)と細胞内共生関係を維持しつつ、カッチュウソウから栄養分をもらって生きていることです(図2)。もう一つはCO2を利用して炭酸カルシウムの骨格(サンゴ礁のもと)を作り出す能力を持っているということです。サンゴとカッチュウソウの共生関係は絶対的なもので、もし何かの原因でカッチュウソウがサンゴから抜け出るあるいはサンゴ内で死滅するようなことが起ると、いわゆる「サンゴの白化現象」が起ります。最悪の場合はサンゴもこれ以上生きていくことができず死滅してしまいます。従って、サンゴとカッチュウソウがどのように共生関係を作り上げて維持していくのか、また海水温の上昇などのストレスによって、共生関係がどのように崩壊するのかを理解する必要があります。

<これまでの研究・今回の研究内容>
 ゲノムはある生物の遺伝情報の全てです。生物の成り立ちのほぼ全ては遺伝情報によって制御されていると言っても過言ではありません。そこでOISTマリンゲノミックスユニットでは、サンゴの生物学研究には、まずサンゴとカッチュウソウの両方のゲノム情報を理解することが必須であると考え、数年前から研究に着手してきました。そして2011年にサンゴの一種コユビミドリイシ(Acropora digitifera)のゲノム解読に成功しました。コユビミドリイシのゲノムは約4億2千万の塩基からなり、約23,700の遺伝子を含んでいました。そして、サンゴのゲノム解読後カッチュウソウのゲノム解読に取り組み、この度世界で初めてカッチュウソウ(Symbiodinium minutum)のゲノム解読に成功しました。

 カッチュウソウは渦鞭毛藻と呼ばれる真核生物の仲間に属していますが、渦鞭毛藻は真核生物の進化を考える上で非常に重要なグループです(図1)。というのは、渦鞭毛藻に最も近い仲間がマラリア病原性プラズモジウムのように動物に寄生するアピコンプレックスとゾウリムシに代表される従属栄養性の繊毛虫で、これらはアルベオラータと呼ばれ、共通の祖先から進化してきたと考えられています。繊毛虫は光合成器官である色素体を失っており、しかも大核と小核という二つの核をもっています。プラスモジウムはマラリア蚊に寄生しており、そのためかゲノムが大幅に小さくなっており、しかも色素体は痕跡的になっています。そのような理由から、あるいは渦鞭毛藻の仲間が赤潮の原因となることなどから、渦鞭毛藻のゲノムがどのようになっているのかについては沢山の研究がありますが、そのどれもが一つないし複数の遺伝子を扱ったもので、全ゲノム的研究は全くなされていませんでした。その一番の理由がカッチュウソウを含めた渦鞭毛藻のゲノムの大きさがヒトの何倍もあるという、とてつもなく大きなものであるからでした。

 OISTマリンゲノミックスユニットでは、サンゴに共生するカッチュウソウでゲノムのサイズができるだけ小さく、また培養が可能でゲノム解析に十分な材料を手に入れることができるという理由から、米国ニューヨーク州立大学バッファロー校のコフロス博士に協力を仰ぎ、彼女が長年培養していたSymbiodinium minutumというカッチュウソウのゲノム解読をめざしました。このシンビオデニユウム(共生カッチュウソウ)のゲノムサイズは約15億塩基対で(ヒトのゲノムの大きさの約半分)、今回はその中の約6億塩基対の真生クロマチン(ゲノムの中で遺伝子を含む部分)のゲノムを解読することに成功しました。遺伝子の数は約42,000と見積もられましたが、そのほぼ全てがこの約6億塩基対の中に含まれています。

 今回はOISTを中心に、さらに国立遺伝学研究所、独立行政法人理化学研究所、東京大学大学院新領域創成科学研究科のご協力を得てゲノムを解読した結果、シンビオデニユウムのゲノムはこれまでに明らかにされている真核生物ゲノムの中でも飛び抜けて面白い特徴をもつものであることが分かりました(図3)。

(1)まず第一に、ゲノム内での遺伝子の多くが一方向に向かって直線上に並んでいる(DNAの2本鎖のうち1本だけに遺伝子が並んでいる)ことが分かりました。こうした現象は、渦鞭毛藻とは進化的に遠くはなれたエクスカバータに属する寄生性トリパノソーマでだけで知られており、今回のシンビオデニユウムの例が2例目になります。

(2)シンビオデニユウムの遺伝子は平均して18個という多くの転写後に取り除かれるイントロンを含んでいることが明らかになりました(これがゲノムサイズを大きくしている原因の一つと考えられます)。原核生物の遺伝子にはイントロンは存在しませんので、真核生物の進化の過程でイントロンが生まれてきたものと考えられています。イントロンは遺伝子のDNAからmRNAが読まれた後、mRNAから切り出されます。その際に、5’側のGT、3’側のAGという2つの塩基を認識して切り出されており、イントロン形成のGT-AGルールと呼ばれるものが存在します。しかし、シンビオデニユウムでは、5’側でGTだけでなくGAやGCも認識して切り出すという、一見かなり原始的な方法が認められます。このような真核生物の例はこれまで知られておらず、初めての発見です。

(3)渦鞭毛藻の核の中で染色体は常に凝縮した形で存在しています。普通の真核生物では細胞が分裂する際にのみ染色体は凝縮しますし、原核生物では遺伝子は核という構造に包まれておらず、かなり凝縮した形で存在します。そこで、渦鞭毛藻核内の染色体は原核生物と真核生物の中間形という意味で、“中間核あるいは渦鞭毛藻核”とも呼ばれています。シンビオデニユウムは、真核生物の染色体凝縮に関わるヒストン・タンパク質と原核生物の染色体凝縮に関わるヒストン様・タンパク質の両方を持っています。さらに、染色体凝縮に関わるとされているRCC-1タンパク質を調べてみると、多数あるRCC-1タンパク質のうちその1/3は真核生物のもの、2/3は原核生物のものであることが分かりました。すなわち、真核と原核生物の両方の特徴を併せ持っていることが分かりました。

<今回の研究成果のインパクト・今後の展開>
 OISTマリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授は、「ゲノム解読は現在世界的に大きな競争になっています。そうした研究状況の中で、まずサンゴ、そして次に共生カッチュウソウという、両者のゲノムを世界に先駆けて同じ研究グループが解読したということは、ゲノム科学研究という意味で画期的と言えます。」と述べ、「これからサンゴとカッチュウソウの共生の分子メカニズムの研究が飛躍的に進むことが期待されます。」と今後の抱負を語りました。例えば、現時点では海水温上昇などのストレスを受けた時、最初に反応するのはサンゴなのかカッチュウソウなのか、分かっていません。しかし今回の研究で宿主と共生者の両方の全遺伝情報を得たので、まずこれらの問題に明確な答えが出てくることが期待されます。また、温度変化、海洋酸性化、海水汚染などのストレスに対して、同じメカニズムで反応しているのか、それぞれ違ったメカニズムで反応しているのかが明らかになることが予想されます。さらには、サンゴと共生カッチュウソウの間には特異性(あるカッチュウソウはあるサンゴに共生できるが、他のカッチュウソウは共生できない)が存在しますが、それがどのように起こるのかなどのメカニズムも将来解析できると思われます。そしてこれらの研究成果が、ひいてはサンゴ礁保全という世界的課題の解決の基礎データとして必須のものとなることが期待されます。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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