生物学とテクノロジーの接点で化学の謎を解く

身体と体内埋め込み医療機器のやりとりを助ける次世代アプリケーション解明につながり得る発見。

WU-OIST Joint PR OECTs header image

生物学とテクノロジーが交わる地点で、研究者たちは、細胞や回路が使っているそれぞれの不可解な言語を解読しようと試みています。言葉を翻訳するたびに、生物と埋め込み型医療機器テクノロジーとの間にある溝が縮まっていきます。 

デジタルデバイスは電子的なオン/オフスイッチで電流と電圧を制御していますが、一方で生物の身体は化学反応によって機能しています。例えば、脳のニューロンは電子ではなく、帯電した原子や分子(イオン)を動かすことによって信号を伝達しています。  

ペースメーカーや血糖モニターのような体内埋め込み型デバイスには、化学と電子両方の言語を話し、そのギャップを埋めることのできる部品が不可欠です。その部品のひとつが「有機電気化学トランジスタ(OECT)」で、埋め込み型バイオセンサーのようなデバイスに電流を流すことができます。 

このOECTには、説明できない奇妙な癖があることが長い間知られていました。 OECTのスイッチを入れると、電流が目的の作動レベルに達するまでにタイムラグ(時間のずれ)が発生するのです。スイッチを切ると、電流はタイムラグなく即座に低下します。 

沖縄科学技術大学院大学(OIST)のパイ共役ポリマーユニットを主宰するクリスティーヌ・ラスカム教授は、ワシントン大学や浙江大学と共同で、OECTのタイムラグを発生させている謎の解明に取り組みました。その過程で、研究チームは、バイオセンシングや脳に触発されたコンピューティングなど、多くの応用の可能性を持つカスタムメイドのOECTの実現に向けて、新たな道を切り開きました。 

研究チームは、OECTがオンになるには2段階のプロセスを経る必要があり、これがタイムラグの原因であることを突き止めました。一方で、オフにするためには1段階のプロセスしか踏まないと考えられます。この研究は学術誌Nature Materialsに掲載されました。 

「スイッチング動作の背後にある理由を理解することで、高速なデータ処理を可能にする、より優れた材料を設計することができます」とラスカム教授は説明します。 

OECTの奇妙なスイッチング動作についてはこれまでも認識されていましたが、正確な原因は謎のままでした。高速スイッチング能力は幅広い応用に不可欠な要素です。 

原理的には、OECTは電子機器のトランジスタのように作動します。スイッチを入れると電流が流れ、切ると電流が遮断されます。しかしOECTは、イオンの流れと電子の流れをつなぐことで作動するため、化学と生物学を結び付ける興味深い経路と言えるのです。 

本研究では、OECTのスイッチがオンになったときの2段階プロセスを説明しています。第1段階で、イオンの波面がトランジスタを横切ります。第2段階で、より多くの電荷を持つ粒子がトランジスタの柔軟な構造に侵入し、トランジスタをわずかに膨張させ、電流を作動レベルまで引き上げます。これとは対照的に、不活性化は1段階のプロセスであり、帯電した化学物質のレベルがトランジスタ全体で一様に低下するだけで、電流の流れが素早く遮断されることを研究チームは発見しました。 

タイムラグの原因を理解することで、より幅広い応用を可能にする新世代のOECTの設計に役立つと考えられます。 

プロジェクトリーダーでワシントン大学の化学教授であるデイビッド・ジンジャー教授は次のように述べています。「技術開発においては常に、より速く、より信頼性が高く、より効率的な部品を作ることが原動力となってきました。しかし、OECTについては、それがどのような挙動を示すのか、『ルール』がはっきりとわかっていませんでした。この研究における原動力は、そのルールを解明し、将来の研究開発に応用することです。」 

血糖値測定器であれ、脳活動測定器であれ、中に入っているOECTの大部分は柔軟性のある有機半導体ポリマー(炭素を多く含む複雑な化合物の繰り返し単位)で構成されており、塩などの化学物質を含む液に浸して作動します。 

本プロジェクトで、研究チームは、電荷に反応して色を変えるOECTを研究しました。OISTのラスカム教授のチームと浙江大学の李昌治教授のチームが合成したポリマー材料を、ワシントン大学の博士課程学生であるJiajie GuoさんとShinya “Emerson” Chenさんがトランジスタに変換しました。 

「OECTの材料設計における課題は、効果的なイオン輸送を可能にしながら、電子伝導性を保持する物質を作り出すことにあります。イオン輸送は柔軟な物質を必要とする一方で、高い電子伝導性を確保するためには、通常、剛性の高い構造が必要になります。そのような材料を開発することには、二つの相反する特性の板挟みになるというジレンマがつきまとうのです」とラスカム教授は説明します。 

研究チームは、カスタムメイドのOECTのスイッチを入れたり切ったりしたときに何が起こるかを顕微鏡で観察し、スマートフォンのカメラで正確に記録することで、OECTの活性化のタイムラグの背景には、2段階の化学的プロセスがあることを明確に示しました。  

これまでの研究で、ポリマーの構造、特に柔軟性がOECTの機能にとって重要であることがわかっていました。OECTは、塩などの生体物質を含む液で満たされた環境で作動しますが、これはデジタルデバイスの電子基盤に比べるとかさばります。 

本研究は、OECTの構造と性能を直接的に関連づけることで、さらに踏み込みんだものとなりました。研究チームは、活性化のタイムラグの程度は、OECTがどのような材料でできているかによって異なるであろうことを発見し、ワシントン大学のRajiv Giridharagopal博士によれば、ポリマーの配列が規則的であるかランダムであるかなどによって異なるということです。本研究ではOECTのタイムラグは数分の1秒でしたが、今後の研究では、このタイムラグを短くしたり長くしたりする方法を探ることができるかもしれません。 

「作成するデバイスの種類によって、組成、液、塩、電荷キャリアなどのパラメーターをニーズに合わせて調整することが可能になるかもしれません」とGiridharagopal博士は話します。 

OECTの用途はバイオセンシングだけではありません。筋肉の神経インパルスの研究にも使われていますし、人工神経回路網を作り、脳がどのように情報を記憶し取り出すかを理解するためのコンピューティングの形態としても使われています。多様な用途で活用するためには、ランプアップ/ランプダウン時間の制御など、特定の特徴を持つ新世代のOECTを開発する必要があります。 

本研究結果は、私たちの身体が埋め込み型デジタルデバイスとどのようにコミュニケーションを取っているのかについての理解を深め、ひいては次世代アプリケーションの開発を加速させます。 

「OECTの次世代材料の開発につながる今回の発見に、研究チーム一同胸が高鳴りました」とラスカム教授は話しました。 

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本プレスリリースは、ワシントン大学のJames Urtonが書いた記事を基に、OISTのサイエンスライター マール・ナイドゥが編集したものを日本語に翻訳しました。 

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