世界初、NTTとOISTが北西太平洋で、 カテゴリ5の猛烈な台風直下の大気・海洋の同時観測に成功

OISTは共同研究を通じて、台風予測精度向上に貢献する観測手法の確立と、台風直下での観測データによる大気と海洋の相互作用のメカニズムの解明をめざします

OIST and NTT

共同プレスリリース

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と沖縄科学技術大学院大学(本部:沖縄県国頭郡恩納村、臨時理事長兼学長:アルブレヒト・ワグナー、以下「OIST」)は、北西太平洋で上陸前のカテゴリ5の猛烈な台風※1直下において、複数地点での大気と海洋の同時観測に、世界で初めて成功しました。  本観測は、2022年夏に「台風11号(ヒンナムノ―)」直下にて実施しました。今後、NTTとOISTは共同研究を通じて、台風予測精度向上に貢献する観測手法の確立と、台風直下での観測データによる大気と海洋の相互作用のメカニズムの解明をめざします。

1.背景

環境や社会に大きな影響をもたらす台風による災害は、地球温暖化等の気候変動の影響で激甚化しており、近年、大きな課題となっています。台風に対して早期に備えるためには、海上で発達する台風の状態を、上陸前に正確に把握する必要があります。しかし、現在は、衛星画像などを用いて洋上の台風の強度を推定しており、台風の状態を正確に把握する手法がありません。そのため、気象予報等における台風情報は、気象衛星の画像解析等に基づく、推定情報となっており、予測精度が課題となっています。

予測精度向上に向けた営みとしては、国の研究プロジェクトにおいて2017年に航空機を用いた直接観測の実績があります※2。このプロジェクトでは、航空機観測データを用いることで、台風の精度向上に寄与できることが示されています。また、OISTにおいては、2013年に自律航行する無人の観測機器であるLiquid Robotics社のウェーブグライダー※3(型番SV2、以降、「OISTER」)により、カテゴリ4の非常に強い「台風24号(ダナス)」直下の大気と海洋の同時観測に成功しています※4。これらの研究により、台風直下の海面付近の正確な状況把握の必要性が分かってきましたが、強い台風であるほど過酷な環境であることから、これまで十分な観測が行われていませんでした。  

そのような環境下で、国内で唯一の台風研究専門機関が2021年に設立されるなど、台風研究の重要性が益々高まっています※5。 NTTとOISTは、強い台風による過酷な環境においても、台風予測に必要な項目の観測実現に向けて2021年に共同研究を開始しています。2022年にNTTが新たなウェーブグライダー(型番SV3、以降、「せいうちさん」)を導入し、2台のウェーブグライダー(写真1)での台風観測を実施しました。

OIST and NTT
写真1:2022年7月のせいうちさん命名・進水式の様子 (左が「せいうちさん」、右が「OISTER」)
写真1:2022年7月のせいうちさん命名・進水式の様子 (左が「せいうちさん」、右が「OISTER」)

2.本成果のポイント

台風の強度予測に重要な各種項目の観測に成功

[ポイント①] 気圧:台風の中心付近(暴風域内)での急激な低下を観測
[ポイント②] 海水温:台風による海水のかき混ぜによる低下を2か所(暴風域、強風域)で観測
[ポイント③] 有義波高:台風の中心付近(暴風域内)での急激な上昇を観測

詳細は次章で説明します。

3.実証概要

2022年8月28日に南鳥島近海で発生した台風ヒンナムノ―は、西進する間に最低気圧が920hPaまで発達、勢力が猛烈な台風(カテゴリ5)となりました。台風の進路予測を確認し、2台のウェーブグライダーを運行しました。

せいうちさんは台風の中心から最短で約11㎞の暴風域(平均風速25m/s以上)、OISTERは約100㎞の強風域(平均風速15m/s以上)で、大気と海洋の同時観測を実現しました。大気と海洋に対して、台風に関わる項目を観測しています(表1)。

主要な観測項目
表1: 主要な観測項目 ※6
表1: 主要な観測項目 ※6
観測結果
図1: 観測結果(上段:気圧、中段:海水温、下段:有義波高)
図1: 観測結果(上段:気圧、中段:海水温、下段:有義波高)

台風強度に直結する気圧に関しては、せいうちさんでは、暴風域での気圧の急激な変化を捉えることができました。台風が最接近した8月31日22時頃に、最低値になっていることを確認しました。一方、OISTERは強風域での観測でしたが、顕著な低下は認められませんでした (図1上段、ポイント①)。

今回の実験では台風の強度予測のために重要な情報である、海水温の変化の観測に成功しました。海水温の変化は、台風へのエネルギー供給に影響し、台風の勢力と相関関係があるため、精緻な強度予測に必須の要素となります。台風の中心に近いせいうちさんでは、海水温の低下(約2℃)が、より急激に起きていたことを測定しました。(図1中段、ポイント②)。

せいうちさんは最大約9mの波高の観測も実現しました。風で波が立つことから、波の高さが分かると風の力も推定可能となるため、これまで衛星観測では容易に取得できなかった、台風直下の波の情報が得られたことは有用と考えております(図1下段、ポイント③)。

そのほか、台風の通過に伴い、海洋側の流速が変化したことが分かりました。また、生態系の観点から栄養塩に関連する塩分濃度、植物プランクトンの分析に役立つクロロフィルaの量も測定できたことから、今後詳細な分析を進め、台風による影響を確認していく予定です。

本成果は、明治15年に創立し、気象学の研究分野を牽引してきた日本気象学会が発行している英文レター誌Scientific Online Letters on the Atmosphere(SOLA)に、2023年5月22日付けで掲載されました※7

【タイトル】 Simultaneous Observations of Atmosphere and Ocean Directly under Typhoons Using Autonomous Surface Vehicles

実験では、大気や海洋以外に、ウェーブグライダー自体の姿勢や動きに関する挙動データも取得しました。今後、これらの挙動データを解析し、安定して観測を継続できるような観測装置の改良に役立てていきます。さらに、観測データの蓄積・検証を進め、大気と海洋の相互作用のメカニズムの解明へも発展させていく予定です。

3.今後の展開

台風観測手法の確立による台風予測精度の向上や、台風のメカニズム解明による台風予測モデルの改善をめざします※8。これにより、上陸前の台風について、より精緻な予測分析を実現します。

また、将来的には、様々な業界、機関との協業により、リアルタイム台風観測に向けて観測手法を最適化し、宇宙統合コンピューティング・ネットワーク※9を活用した超広域大気海洋観測技術※10への適用を図ります。そして、高精度な台風予測に基づくプロアクティブな環境適応により、台風と共生するしなやかな社会の実現に貢献します。

さらに、観測データを通じて、地球温暖化等による台風への影響や、逆に台風による地球環境への影響を相互に明らかにすることで、地球環境の理解を進め、地球環境の再生と保全への行動変容を促進します。

※1 気象庁: 台風の大きさと強さ  
宇宙航空研究開発機構(JAXA): 台風の一生を追う!(台風・ハリケーンの強さ比較)
※2 「2017年台風第21号の航空機観測を用いた強度解析と予測実験」の結果について
※3 Liquid Robotics社のウェーブグライダーの説明
※4 OISTによる台風観測に関する論文 S. Mitarai, and J. C. McWilliams, 2016: Wave glider observations of surface winds and currents in the core of Typhoon Danas, Geophysical Research Letters, vol. 43, Issue 21, pp. 11,312-11,319.
※5 NTTと横浜国立大学、台風予測精度向上に向けた共同研究をスタート
※6 その他の観測項目:大気側は風速、気温、露点温度、海洋側は、流速、塩分濃度、クロロフィルa量
※7 SOLAの掲載先
※8 極端気象に関わる観測・予測・適応技術(NTT宇宙環境エネルギー研究所)
※9 宇宙統合コンピューティング・ネットワーク 「NTTとスカパーJSAT、持続可能な社会の実現に向けた新たな宇宙事業のための業務提携契約を締結」 
※10 超広域大気海洋観測技術(NTT宇宙環境エネルギー研究所)

専門分野

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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