人間の活動が魚の健康に与える影響は?

自然が残る沖縄の海岸線は4割未満。私たちの生活や産業はそこに住む魚たちにどのような影響を与えているのでしょうか?遺伝学的アプローチで海岸の魚の健康状態を評価するプロジェクトが始動しました。

A large bridge spanning the sea

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、人間の活動が海洋生物の健康に与える影響を評価するため、新たな海岸環境モニタリングプログラムを始動します。

このプロジェクトは、2023年3月7日に公益財団法人岩谷直治記念財団から提供された200万円の助成金によって始動します。

プロジェクトでは、沖縄島の複数か所の海岸線付近からルリスズメダイ(Chrysiptera cyanea)の稚魚を採集し、その遺伝子の活性を基に健康状態を把握します。稚魚の採集場所は、自然が残る海岸や農業地域、都市部など、人間の生活との関わりが異なるさまざまな海域から選定されます。

Top: A fish with bright blue coloration lies on a white surface. Bottom: A coral reef filled with bright blue fish.
沖縄をはじめとするインド太平洋地域で多く見られるルリスズメダイ(Chrysiptera cyanea)は、印象的な青い体色のおかげで見つけやすい。この試料(上)は、瀬底島の海岸(下)で採集 された。

この新たな取り組みとOIST海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴィンセント・ラウデット教授は、次のように説明しています。「海岸近くの穏やかで浅い水域は、サンゴ礁性魚類が稚魚から成魚に成長するまで過ごす重要な場所です。通常は、大型の捕食者が少なく餌が多いため、稚魚にとって安全な環境ですが、海岸に近いということは、陸上での人間の活動による騒音や明かり、化学汚染などに直接さらされることにもなります。」

稚魚が成長し、成熟する環境の質を把握することは、成魚の個体群を維持するためにこれらの海域を保護するための重要な一歩となります。これは、環境だけでなく、沖縄の観光や水産業にとっても重要です。

従来の海岸モニタリングプログラムでは、水質や魚類、サンゴ、無脊椎動物の多様性をさまざまな地点で測定し、その測定値が時間とともにどのように変化するかを観察することで、海洋環境の状態を把握してきました。

ラウデット教授は、「従来のプロジェクトは非常に重要なものですが、魚類の健康状態を把握することはできません。私たちの研究プロジェクトでは、1種の魚類を詳しく調査してその欠けている情報を追加し、人間の存在が海洋環境にどのような影響を及ぼしているかをより完全に把握できるようにします」と今回のモニタリングプロジェクトの意義について解説します。

研究チームは、水族館で最も人気のある魚類の一種であるルリスズメダイを研究対象に選びました。その理由は、沖縄島のさまざまな環境を含む海岸線に広く分布する普通種だからです。

ラウデット教授の研究ユニットで学ぶ博士課程学生のエマ・ガイリンさんは、そのことについて次のように説明します。「これらの魚類は、沖縄島のあらゆる場所で見つかり、魚が全くいないと思われるような都市部のかなり汚れた水域でさえも見かけることができます。インド太平洋地域に広く分布しているこの魚類の調査から得られる知見は、より大きな水域に適用できることを意味します。」

研究チームは、これまでにルリスズメダイの全ゲノム配列を決定し、約28,000個の遺伝子を特定しました。2022年9月から10月にかけて、ほぼ自然の状態である瀬底島の海岸、都市および農業の影響を受ける嘉手納町水釜の海岸、都市部である浦添の海岸の3地点でルリスズメダイの成魚を採集し、予備調査を行いました。

Top: Blue damselfish on an underwater concrete structure. Bottom: A bridge spanning the water in Urosoe.
沖縄県の水釜(上)や浦添(下)のような開発が進んだ地域でも、ルリスズメダイを見つけることができる。

その結果、自然の多い瀬底島の個体と開発が進んだ水釜や浦添の個体とでは、1,000以上の遺伝子の活性に違いが見られました。

ガイリンさんは、次のように述べています。「この結果は、都市部の汚染された海岸に生息する魚類の体内では、自然の中の海岸に生息する魚類よりも分子レベルの変化が多く起きているということを示しています。今後は、これらの遺伝子の機能を調査し、どのようなことが起きているのかを明らかにする必要があります。」

研究チームは、今年は調査地点を15か所に拡大し、稚魚の姿が見られる4月から9月の時期に試料の採集を行う予定です。

ラウデット教授は、次のように述べています。「予備調査では、驚くほど質の良い結果が得られました。岩谷直治記念財団からの助成金のおかげで、本格的にこのプロジェクトを始動できることがとても嬉しく、感激しています。」

その一方で、研究者チームはこのプロジェクトが最大の効果を発揮するためには、さらなる資金が必要であると強調しています。

「特に沖縄の離島などに調査地点を拡大したいと思っています。調査地点が増え、試料が増えるほど、人間の存在が魚類の健康に与える影響をより明確に把握することができます」とラウデット教授は述べています。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: