温暖化が進む世界を太平洋の小さな島から予測する

フランス領ポリネシアのタイアロ環礁には、固有の魚類群が棲息しています。その謎を解き明かすため、研究グループが現地調査に向かいました。

Aerial image of Taiaro Atoll

ヤシの木に覆われ、サンゴ礁に囲まれた黄金の楽園「タイアロ環礁」は、直径わずか5キロメートルの小さな環礁です。しかし、このドーナツ状の環の中に生命の進化や未来の海についての謎を解き明かすヒントが秘められている可能性があります。太平洋にあるフランス領ポリネシアの片隅に浮かぶこのタイアロ環礁に行くには、最寄りの空港から船で12時間かかります。環礁の中に広がるラグーンは周囲の海から完全に隔たれ、水温と塩分濃度が周囲の海水よりも高くなっています。

空から見たタイアロ環礁
環礁とは、熱帯や亜熱帯の海底にサンゴ礁が堆積してできた環状の島であり、通常は内側にラグーンを形成している。多くのラグーンは外側の海とつながっているが、フランス領ポリネシアのタイアロ環礁のラグーンは、完全に閉じた珍しい形をしている。このラグーンの水温は周囲の海水よりも約0.5〜1.0℃高く、気候変動や進化に関する謎を解き明かす天然の実験室となっている。(画像提供:Pascal Kobeh)
環礁とは、熱帯や亜熱帯の海底にサンゴ礁が堆積してできた環状の島であり、通常は内側にラグーンを形成している。多くのラグーンは外側の海とつながっているが、フランス領ポリネシアのタイアロ環礁のラグーンは、完全に閉じた珍しい形をしている。このラグーンの水温は周囲の海水よりも約0.5〜1.0℃高く、気候変動や進化に関する謎を解き明かす天然の実験室となっている。(画像提供:Pascal Kobeh)

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴィンセント・ラウデット教授は、次のように述べています。「この環礁では、1972年、1994年、2006年にも科学調査が行われました。驚くべきことに、これまでの調査でこのラグーンには125種の魚類が棲息していることが確認されています。」

この発見は謎を解明するどころか、さらに多くの謎を生みました。例えば、ラグーンに棲息する魚類はラグーン内で一生を過ごすのか、または特別に高い波が発生したときに外側の海から流れ込むのか、遺伝的には外側の海に棲息する同種と異なるのか、そして水温と塩分濃度の高い環境にどのように適応したのか、といった謎です。

ラウデット教授はこれらの謎を解明するため、昨年10月、11名の生物学者、海洋学者、化学者などの様々な分野の研究者によって構成される調査メンバーと共に遠征に出発しました。ラウデット教授とOISTのポストドクトラルスカラーであるマルセラ・エレラ・サリアス博士は、日本を出発してハワイとタヒチを経てファカラバに渡り、そこからさらに船で12時間かけてタイアロ環礁に到着しました。Center of Island Research and Environmental Observatoryなどのフランスの研究機関からも研究者が同調査に参加しました。

タイアロ環礁の位置
調査チームは、飛行機を乗り継いでファカラバ空港まで移動し、そこから船に乗り換えてタイアロ環礁に向かった。ファカラバとタイアロは、共に世界最大の環礁群を持つツアモツ諸島の一部である。
調査チームは、飛行機を乗り継いでファカラバ空港まで移動し、そこから船に乗り換えてタイアロ環礁に向かった。ファカラバとタイアロは、共に世界最大の環礁群を持つツアモツ諸島の一部である。

しかし、調査は決して楽なものではありませんでした。調査チームは、科学機器や冷凍庫などの必需品を運びながら、波を乗り越えサンゴ礁の合間を縫ってタイアロ環礁の海岸にたどり着いたのち、浜辺に簡素なキャンプを設置しました。そして、タープの下に折りたたみ式のテーブルを設置した場所が分子生物学の実験室となりました。試料を保管する冷凍庫は、キャンプ地から3キロメートルほど離れた場所にある、環礁内で唯一の民家に持ち込みました。エレラ・サリアス博士は、試料を保管するために毎日往復6キロメートルの道のりを徒歩や自転車で移動しました。博士は、ラグーンの内外に棲息する魚類の遺伝子に違いがあるかどうかを特に調べていべるために、シマハギやチョウチョウウオなどの数種の魚類に注目しました。。

エレラ・サリアス博士は、次のように説明しています。「これらの2種は、先行研究が行われているものです。特にシマハギは、サンゴ礁魚類の生態生理学的研究のモデル生物であり、染色体レベルで全ゲノムが解読されています。私たちは、ラグーンの内外に棲息する魚類を収集し、ゲノムを比較し、これらの魚類がこのように水温と塩分濃度が高い環境で生息していくために分子レベルでの適応が起きているのかどうかを明らかにしたいと考えています。」

キャンプ地の“分子生物学実験室”は簡素なものであったため、エレラ・サリアス博士は、環礁で過ごした10日間の大半を魚の解剖に費やしました。ゲノム解析のための試料採取に加え、ラグーン内外の魚類に目立った違いがないかを調べるため、魚の横に臓器を並べた写真の撮影も行いました。また、化学的な違いを確認するために耳石も採取しました。そして解剖が終わると、試料を保管するために3キロ先の民家に運ぶといったことを繰り返しました。

マルセラ・エレラ・サリアス博士
試料を民家に運んで保管する前にキャンプの“分子生物学実験室”で作業をするマルセラ・エレラ・サリアス博士。 (画像提供: Pascal Kobeh)
試料を民家に運んで保管する前にキャンプの“分子生物学実験室”で作業をするマルセラ・エレラ・サリアス博士。 (画像提供: Pascal Kobeh)

その他の研究者は、外側の海とラグーンにブイを設置し、環礁の南端にカメラを設置しました。6月と7月に南から高波が押し寄せると、ラグーンの外側から内側に海水が流れ込み、それによって仔魚や小型魚が運び込まれるのではないかと考えたからです。現在、これらのブイから1時間ごとに水温、塩分濃度、植物プランクトン、水位などの情報が衛星を介してOISTに送信されています。

ブイの固定
水温測定のためのブイを固定するダイバー。 (画像提供: Pascal Kobeh)
水温測定のためのブイを固定するダイバー。 (画像提供: Pascal Kobeh)

また、化学者は、ラグーンの水に含まれる成分が藻類の繁殖を促すものであるかどうかを調査しました。その結果、ラグーンの海水は、水質が悪いということが分かりました。そこで、そこに棲息する魚類が何を食しているのかいう疑問がわきました。

そして最後に、生物学者たちは、魚類の仔魚の存在について調査しました。「広大な外洋で非常に小さな仔魚を見つけることはとても困難ですが、ラグーンはそれに比べるとはるかに狭いため、もし魚類がそこで一生を過ごすのであれば、仔魚が見つかるはずです」とラウデット教授は述べています。

しかし、ラグーン内では仔魚もプランクトンも確認されず、代わりに何千匹という小さなダツやクラゲが見つかりました。さらに、高波がラグーンに流れ込むと考えられる場所でバラクーダ、オコゼ、ハタ、ウツボなどの捕食者が多く確認されたとラウデット教授は指摘しています。

このラグーンの謎と、このような劣悪な環境でこれほど豊かな魚類群が繁栄している理由を解明するには、時間を要すると思われます。研究グループは現在、調査結果の分析、カメラでの監視、水温と塩分濃度の観測を行っており、一部の研究者は4月に再び環礁を訪れたいと考えています。なぜなら、6月まで高波は起きないとみられているからです。もし、そのときにラグーン内に仔魚が見つかれば、そこに仔魚が棲息していることが判明します。つまり、それらの仔魚とひいては成魚は、未来の地球の海洋環境に近いと考えられる環境で棲息できるように何らかの方法で適応してきたということになるわけです。

フランス領ポリネシアのタイアロ環礁に、国際的な科学者からなる調査チームが訪れ、固有の魚類群を調査しました。その様子をご紹介します。(映像制作・提供:Credit: Elisabeth Rull/Monalisa Production & Wide Studios)
映像提供: Elisabeth Rull/Monalisa Production & Wide Studios
フランス領ポリネシアのタイアロ環礁に、国際的な科学者からなる調査チームが訪れ、固有の魚類群を調査しました。その様子をご紹介します。(映像制作・提供:Credit: Elisabeth Rull/Monalisa Production & Wide Studios)

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ヘッダー画像提供:Pascal Kobeh

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