量子系を手なずけるパルス波を人工知能で発見

環境ノイズがある中で量子系を安定させるパルス波を機械学習により自動検出する人工知能コントローラーを実現しました。

量子系を手なずけるパルス波を人工知能で発見

バスケットボールをシュートするとき、ボールの軌道は、力学的な力と選手の技術でコントロールすることができます。しかし原子や電子などの量子系の振る舞いを制御することは、それよりはるかに困難です。なぜなら、これらの非常に小さな物質のかけらは、他の様々な力の影響を受けやすく、予測不可能な方法で軌道を外れてしまうからです。量子系の運動が減衰する「ダンピング」という過程や、温度などの環境の影響によるノイズは、軌道が乱れる原因となります。

AIエージェントで量子制御を試みる
本研究では、AIエージェント(左)で量子制御を行うことでを目指した。例えば、環境ノイズ下で量子ボール(赤)を冷却して井戸の底にある状態にするために、強化学習に基づくAIコントローラーが量子を制御するパルス波を発見する(中央の極座標グラフ)。
本研究では、AIエージェント(左)で量子制御を行うことでを目指した。例えば、環境ノイズ下で量子ボール(赤)を冷却して井戸の底にある状態にするために、強化学習に基づくAIコントローラーが量子を制御するパルス波を発見する(中央の極座標グラフ)。

ダンピングとノイズの影響を打ち消す方法のひとつに、強度が変動する光や電圧のパルス波を量子系に利用して安定させる方法があります。このほど、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、人工知能を利用して、最適な方法でこのパルス波を発見し、マイクロマシンを適度に冷却して量子状態にし、その動作を制御することができることを発見しました。本研究成果は、2022年11月に科学誌Physical Review ResearchにLetter論文として掲載されました。

原子や電子より大きいマイクロマシンは、高温または室温に保たれているときには古典的な振る舞いをしますが、エネルギーが最も低い状態、つまり物理学でいう「基底状態」まで振動モードを冷却することができれば、量子的な振る舞いをさせることが可能となります。そしてその振動モードを超高感度センサーとして利用して、力、変位、重力加速度などを検知したり、量子情報処理や量子コンピューティングに利用したりできるようになります。

本研究論文の筆頭著者であり、OIST量子マシンユニットのポストドクトラルスカラーであるビジタ・サルマ博士は、次のように述べています。「量子系から構築される技術は、計り知れない可能性を秘めています。しかし、その可能性を超精密センサーの設計、高速な量子情報処理、量子コンピューティングなどの分野で活かすためには、これらのシステムを高速冷却し、制御する方法を学ばなければなりません。」

研究チームは、マイクロマシンを高温から超低温に冷却するパルス列を発見する手法として、機械学習による手法を考案しました。人工のコントローラーを用いることで、人工知能による複雑なパルス列を従来の手法よりも素早く発見できることを実証しました。制御を行うパルス波は、機械学習エージェントが自動的に発見します。本研究により、人工知能が量子技術の開発に有用であることが示されました。

量子コンピュータは、高速な計算を可能にし、暗号技術を一新して世界に革命をもたらす可能性を秘めています。そのため、多くの研究機関に加えてGoogleやIBMなどの大手企業が量子コンピューティング技術の開発に多大な資源を投じています。しかし、量子コンピュータを実現させるためには、量子系の動作を非常に高速かつ完全に制御してノイズやダンピングによる影響を排除する必要があります。

サルマ博士は、次のように述べています。「量子系を安定させるためには、制御を行うパルス波を高速にする必要があります。私たちの人工知能コントローラーは、そのような偉業を達成する可能性を示しています。私たちが提案した手法、つまりAIコントローラーを用いて量子を制御する手法は、高速量子コンピューティング分野にブレークスルーをもたらし、自動運転車のような自動運転量子マシンの実現に向けた第一歩となる可能性があります。それにより、将来の技術開発に多くの量子研究者が惹きつけられることを期待しています。」

論文詳細

  • タイトル:Accelerated Motional Cooling with Deep Reinforcement Learning
  • 発表先:Physical Review Research (Letter)
  • 著者:Bijita Sarma, Sangkha Borah, A. Kani, and Jason Twamley
  • 所属:沖縄科学技術大学院大学
  • DOI:10.1103/PhysRevResearch.4.L042038
  • Date:29 November 2022

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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