創薬開発に向けて

分裂酵母が次世代のがん治療に使用される可能性が出てきました

  がんは治療が困難な疾病として知られています。様々ながんが存在し、それぞれの種類に特化した治療が必要となりますが、がん細胞は増殖のたびに次々に変化してしまうため、効果的な新薬を継続して開発する必要があります。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の柳田充弘教授率いるG0細胞ユニットの中沢宜彦博士による研究で、効果的な薬剤を容易に発見できる可能性が出てきました。本研究はGenes to Cells誌に掲載されました。

  がん細胞は様々な点で正常細胞とは異なります。最も顕著な点は、悪性細胞は正常細胞と比べて、非常に速く増えて広がっていくことです。悪性細胞の急速な増殖は、腫瘍の形成や、体の他の部分にがんが拡散する転移につながります。幸いにして科学者たちは、これらのがんの特性を利用し、新たな治療法を見出してきました。DNA複製に関わるタンパク質は、正常細胞に比べるとがん細胞においてかなり活動性が高く、こういったタンパク質を標的にする薬剤が、悪性細胞に非常に効果的であることがこれまでの研究でわかっています。これらの薬剤は活動性の高いタンパク質に効率良く作用するため、正常細胞のタンパク質はあまり影響を受けません。

  中沢博士の研究は、DNAトポイソメラーゼIIというタンパク質を標的にする特異性を持ったがん治療薬、ICRF-193に焦点を当てました。研究の一部として、中沢博士は分裂酵母を用いてICRF-193の効果を観察しました。通常、細胞増殖の間、DNAは複製され、細胞は通常の2倍のDNAを一時的に保持します。複製された2セットのDNAは、凝縮した染色体となった後、紡錘体と呼ばれる構造によって細胞の両端に引っ張られて1セットずつに分配されます。染色体がいったん分配されると、細胞も全く同じ二つの娘細胞に分裂します。

  中沢博士が分裂酵母にICRF-193を処理 したところ、DNA複製後に染色体の分離が起こりにくくなっていることに気づきました。正常な分離が起こるのではなく、紡錘体は2対の染色体DNAを十分に切り離せずに延伸し続け、弓状の形となり、最終的に真ん中で折れてしまうのです。この「弓状になって折れる」形状は、ICRF-193を投与した細胞に特有なものと考えられました。

 

ICRF-193処理後、細胞分裂中の分裂酵母の紡錘体が「弓状になって折れる」様子が見られる。

  研究者はこの「弓状になって折れる」形状を見ることで、分裂酵母タンパク質に影響を及ぼし得る他の薬剤も探すことができます。この分裂酵母の染色体分配メカニズムやDNA結合タンパク質は、ヒトを含む他の生物種にも共通して存在しています。このため、分裂酵母のタンパク質に影響を与える薬剤は、ヒトのがん細胞におけるタンパク質にも影響を与える可能性が高いのです。本研究はがんの新薬創出プロセスにおいて、ヒトの細胞の代わりに分裂酵母を用いることが有効であることを示してくれています。

 

上図は正常な分裂酵母の染色体分配を示したもので、染色体がピンク、紡錘体が緑で表されている。下図は、ICRF-193処理した細胞であり、正常な分配が起きていない。一番左の画像に見られるように、染色体は一部分でのみ分離され、紡錘体が長くなるにつれ、染色体をそれ以上分離することができなくなっており、一番右の画像にあるように、最終的には紡錘体が弓状に折れ曲がり、真ん中で折れてしまっている。

  治療薬を開発する初期段階でヒトの細胞を用いることには、多くの困難が伴います。特定の標的に対し、効果的な薬をひとつ見つけるのに、科学者は多数の化合物をテストしなければならないことが多いものです。ヒトの細胞は扱うにはコストがかかりますし、細胞を培養するにも多くの時間と特定の研究設備を必要とします。中沢博士によれば、「分裂酵母は、低コストで比較的手早く容易に利用できるモデルシステム」ということで、創薬のスクリーニングテストで使うには有用だそうです。創薬開発のプロセスにおいて、時間とコストは大きな障害となるため、今回の発見は、次世代のがん治療薬を早期に患者さんの元に届けるのに役立つかもしれません。

 

G0細胞ユニットを主宰する柳田充弘教授(左)と同ユニット研究員の中沢宜彦博士

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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