サウンズ・オブ・サイレンス

OIST研究者たちが神経活動を制御する手法をキンカチョウに応用したことにより、発声のメカニズムに関する興味深い結果が得られました。

 このたび沖縄科学技術大学院大学(OIST)の臨界期の神経メカニズム研究ユニットが発表した新たな研究において、神経活動を制御する薬理遺伝学的手法をキンカチョウの歌発声メカニズムに応用したことにより発声行動が脳内でどのように調節されるかについて興味深い結果が示されました。OISTの杉山(矢崎)陽子准教授および栁原真博士が、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構およびハーバード大学睡眠医学科の科学者らと共同で実施した本研究により、脳の異なる領域が発声における固有の側面を支配することが示されました。

 本研究では、キンカチョウの歌の発声を担うことがわかっている脳の領域である弓外套の一部の神経細胞の活動を薬理遺伝学的手法を用いて抑制すると、歌が不規則で不完全なものとなることが示されました。この領域を破壊したこれまでの研究では、歌のほぼすべての構成要素が失われてしまうことが示されていました。しかし、本研究の薬理遺伝学的手法を用いた、一部の神経活動を抑制する方法では歌の特定の音節のみが消失するなどの影響を受けるだけであることがわかりました。影響を受ける音節は鳥ごとに異なりますが、音節の順序は変化しませんでした。このことから、弓外套は歌の個々の音節の音響構造を調節しており、音節の順序やタイミングについては調節していないことが示唆されました。

 ヒトの言語発声にも見られるように、発声は運動ニューロンの一連のパターンや、反射運動および随意運動の双方が関与する一連の調和した動きにより特定されます。複雑な発声パターンを作成するには、十分に調整された神経回路構成が必要となります。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)のような脳スキャンでは脳内の領域程度の詳細しか得られないため、領域内のどの群のニューロンが特定の運動や反応を担っているかを特定することは不可能です。杉山(矢崎)准教授は、「ある行動を行っている時に脳内のどの領域が機能しているかを知ることができても、実際にその領域でどのくらいの数のニューロンがどの様に機能しているかを知ることは難しいです。ニューロン活動の変化がわずか5%であっても影響を及ぼす場合があります」と説明しています。ここ10年程、薬理遺伝学的手法のような、脳機能をより詳細に知るための新たな手法が発達してきています。

 本手法はすでにモデル動物としてのマウスに使われており、キンカチョウにも同様に応用できることがわかりました。薬理遺伝学的手法では、遺伝子操作により、特定の化学物質に感受性のあるニューロンを作り出します。こうして特定のニューロンに薬剤を投与することにより、活動を制御することができます。これまでは、脳の一部を破壊する方法がニューロン活動を阻害する手法として用いられて来ましたが、その場合、ほぼすべてのニューロンが永続的に死滅したりしてしまいます。杉山(矢崎)准教授が行った手法はニューロンレベルの一時的過程であり、一部のニューロンにしか影響しません。キンカチョウの歌う能力は、数時間以内に薬剤の効果が切れると回復します。

 キンカチョウは、これまでに、その行動、歌の発声パターン、脳の解剖について多くの研究がなされているモデル生物です。杉山(矢崎)准教授は、キンカチョウの歌の発声行動を制御すると言われている脳の領域内でニューロンが歌の形成においてどのような役割を担っているのか、薬理遺伝学的方法を用いて詳しく調べたいと考えました。そして、キンカチョウ弓外套の領域の神経活動を抑制した時としない時の歌のパターンを記録し、詳しく解析しました。薬剤の効果は一時的に特定の細胞にしか作用しないので杉山(矢崎)准教授が収集することができたデータにより、この領域のニューロンがどのように調和して発声を作り出すか、より詳しく見ることができます。

 これらの結果は、結果そのものが興味深いだけでなく、新たに有効な手法をキンカチョウというモデル動物応用できることを示したものです。これにより、今後の研究でより大きな成果が得られることが期待できます。杉山(矢崎)准教授は「本手法は脳の活動と行動の因果関係を示す手法です。そのため、脳において特定の領域がどのように機能するか詳しく知りたい場合は、この手法を用いてその領域の活動を制御し、これによる行動の変化を観察します。この手法の最大のメリットの一つは活動の制御が可逆的でもあることなので、薬剤の効果が切れれば元の正常な行動が観察できることで脳の機能と行動の因果関係が正確に解析できます」と付け加えています。

 

(ショーン・トゥ)

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