ナノ粒子の長い旅路~合成から観察まで~

OISTのキャンパスを横断し、ナノ粒子を合成された場所から解析を行う電子顕微鏡まで、細心の注意をはらいながら運ぶのは至難の業です。

 ムックレス・ソーワン教授のナノ粒子技術研究ユニットは、その名の通り、カスタム仕様のナノ粒子を製造します。とは言っても、ナノ粒子の作製はほんの手始めでしかありません。ナノ粒子が合成されると、その性質を解析する必要があるからです。同ユニットのカハル・キャッセディ グループリーダーは、ナノ粒子の解析を行う際、極めて高性能で高感度の顕微鏡を用いて観察します。使用するのは、特殊機能を付与しカスタマイズした透過型電子顕微鏡(TEM)です。この顕微鏡を使う前に、まず合成されたナノ粒子を運ばなければなりません。一粒の砂の100万分の一の大きさの粒子を、第2研究棟の最上階から、スカイウォークを渡り、センター棟を抜け、第1研究棟まで、空気に触れさせることなくおよそ5分間歩いて運ぶのです。

 ナノ粒子はサイズが小さく、高い反応性を持ち不安定であるため、持ち運びには複雑な作業が伴い、単純につまみあげて持ち歩くというわけにはいきません。まずナノ粒子を、鉛筆の半径に相当する幅3ミリメートル、厚さ3ナノメートルの微小な膜に付着させます。ナノ粒子がこの支持膜に付着すると、今度は支持膜ごと「グローブボックス」に移します。この装置は、酸素を排除した不活性環境下でナノ粒子を扱う際に用いるものです。細心の注意を払って、ナノ粒子が載った支持膜を特殊なホルダーに挿入し、二重に密閉することで、持ち運ぶ間、この小さなホルダー内部に不純物がなく、酸素や湿気が入り込まない状態に保ちます。

 ナノ粒子をホルダーにセットすると、キャッセディ研究員は、スカイウォークを渡り、第2研究棟から第1研究棟に至る、長い道のりを歩き始めますが、その際、沖縄の高い湿度を考慮し、念のため建物の外に出ることを避けています。「こうして歩くのは、1日に通常10回かそれ以上にもなりますが、良い運動なので苦にはなりません。第3研究棟が完成するのが楽しみです。歩くルートの選択肢が増えますから。」と、彼は言います。

 透過型電子顕微鏡へと到着すると、そこからがお楽しみの本番です。ナノ粒子を透過型電子顕微鏡にセットした後は、キャッセディ研究員はこの顕微鏡を用いて、世界中でもごく限られた人にしか利用できない方法で解析することができるのです。この透過型電子顕微鏡は、0.9オングストロームという極めて高い解像度を持ち、個々の原子を可視化できます。加えて、カスタム設計されたガス供給システムを搭載しています。このシステムは、キャッセディ研究員とナノ粒子技術研究ユニットのメンバーが設計し、施設管理ディビジョンの高田一馬博士らの指導の下、透過型電子顕微鏡に組み込まれたもので、異なる気体とナノ粒子の相互作用をリアルタイムで観察することを可能にします。

 キャッセディ研究員が、昨年の大半を費やし、この極めて特殊なシステムを導入したことには、理由があります。様々な物質の特性を知り、物質が気体に対してどのように反応し、異なる条件下でどのように変化するのか、原子レベルでの観察を可能にしたかったからです。同研究員は、水素燃料電池に利用する水素貯蔵の研究開発に焦点を当てて取り組みたいと考えています。水素は反応性が高く不安定で、水素貯蔵に現在用いられている物質には問題があります。水素の出し入れが困難であり、貯蔵物質が次第に壊れていくのです。「この透過型電子顕微鏡のガス供給システムを利用すれば、様々な物質において水素の吸収と放出が起きる現場をリアルタイムで観察し、その物質の中で実際に何が起きているのか明らかにできます。」

 キャッセディ研究員と彼が所属するユニットでは、自分たちが開発し、OISTに導入したこの新しい技術に期待しています。OISTの他のユニットとの共同研究も始まっており、今後、その数を増やしていくことを楽しみにしています。キャッセディグループリーダーの材料科学における専門性と、研究者たちに対する手厚いサポート体制により、今やOISTは、世界でもまだ大変珍しい非常に強力な環境制御型透過電子顕微鏡を有する大学となりました。

(エステス キャスリーン)

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