適応の脳内メカニズムにおける偶然性の重要性を示す計算モデル

OISTのエリック・デ・シュッター教授らは、シナプスの強度を調整するニューロンの一部について多くの分子が関わる計算モデルを構築し、その強度を決定する要因について新たな驚くべき見解をJournal of Neuroscience に発表しました。

 私たちは新しい眼鏡を購入した時や楽器を初めて演奏する時、あるいは新たにスポーツを始める時、最初はぎこちなく感じても筋肉や脳はすぐに順応し、新しい道具や動きを円滑に生活に取り入れることができます。この順応は脳内でニューロンの結合部であるシナプスの作用が強くなったり弱くなったりすることで行われますが、脳内のさまざまなメカニズム同様、このシナプスの作用強度が増減するメカニズムについてはまだ詳しくわかっていません。先月、Journal of Neuroscienceに発表された論文において、OIST計算脳科学ユニットのエリック・デ・シュッター教授と以前同教授のもとで研究をしていたガブリエラ・アントゥネス研究員は、シナプスの強度を調整するニューロンの一部について多くの分子が関わる計算モデルを構築し、その強度を決定する要因について新たな驚くべき見解を得ました。

 アントゥネス研究員とデ・シュッター教授は、シナプス内で他のニューロンの軸索と呼ばれる部分から信号を受け取り、受け取った信号を残りの細胞全体へ伝える樹状突起の上の小さなとげ状の隆起である棘突起(スパイン)をモデル化しました。スパインはその表面で信号への反応に影響を与える受容体の数を増減し、シナプス間の結合を強めたり弱めたりしています。スパインは非常に小さく、各種50分子程度の化学物質しか含んでいないため、研究員らは約20種類の化学物質の個々の分子の作用についてモデル化することが出来ました。これは、各分子種の集団としての大まかな挙動をモデル化したこれまでものとは異なります。また、これまでのモデルともう一つ異なる点は、常に同じ答えを持つ決定論的な方程式を使用せず、分子の反応について不確実性や偶然性を認めていることです。デ・シュッター教授は、こうした乱雑さは生体系の実態をより正確に表していると説明しています。

 アントゥネス研究員とデ・シュッター教授は、このモデルを使ってシナプスにカルシウムイオンの瞬間的な流入が生じた際のスパインの反応を予測しました。これまでカルシウムイオンの流入がスパイン内の受容体を比較的長期間にわたって減少させ、シナプスの結合を弱めることはすでに分かっていましたが、それがどのようなメカニズムで起こっているかは解明されていませんでした。「我々は1秒の信号で20分も続くプロセスがどのように誘発されるかを説明出来なくてはなりません。」と同教授は語った上で、信号を増幅して維持するポジティブフィードバックループの存在が鍵を握ることを今回の研究で確認出来ました。しかし、同一の信号でもそのフィードバックループがどの程度活性化するかはさまざまで、時にはその活性が全く生じないこともあるため、そのプロセスを完全に予測することは不可能であることを明らかにしました。「これが生体系に有用な理由はまだ完全に解明されていません。これについては今後も研究を続けたいと思っています」とデ・シュッター教授は締めくくりました。

研究ユニット

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