新研究ユニットの紹介:光と物質に光をあてる

シーレ・ニコーマック准教授が率いる16名のユニットメンバーは世界を構成する2つの基本要素である光と物質の相互作用について研究しています。

 空が晴れ渡り、太陽の活動がピークを迎えると、北極付近の空では緑や赤のオーロラが展開されます。そしてその様子は、シーレ・ニコーマック准教授がかつて研究拠点としていたアイルランドのコーク市からも目にすることができます。北極光としても知られる北半球のオーロラは、光と物質の相互作用から生まれる、息を呑むような自然現象です。そこでは地球大気の上層部にある酸素や窒素の原子が、太陽風の中の電子と衝突し、フォトン、すなわち光の粒子としてエネルギーを放出しています。OISTの光・物質相互作用ユニットは、リーダーであるニコーマック准教授と、7名のポスドク、7名の大学院生、および2名の技術員からなります。同ユニットでは世界を構成する2つの基本要素である光と物質の相互作用を研究します。この研究テーマはオーロラほど目立たないかもしれませんが、勝るとも劣らない魅力を秘めています。

 光と物質の相互作用は、北半球の空に限った現象ではありません。私たちの身のまわりのいたるところで起きており、例えばヒトの眼球内では、光がレンズにあたる水晶体で屈折して、網膜に焦点を結んでいます。植物は光合成という過程で太陽光を使い、二酸化炭素と水から栄養素を生み出しています。ニコーマック准教授は「私たちは、身近に起こることを根本から理解したいのです。」と述べています。しかし、日常的に起こるこうした相互作用は、それぞれに莫大な数の原子やフォトンが関連しているため、研究は一筋縄ではいきません。

 ニコーマック准教授の研究グループでは、高出力レーザーの光を研究対象となる試料に照射する時のインターフェイスツールとして光ナノファイバーを使い、少数のフォトンと原子を取り出して調べています。光ナノファイバーは、通信技術に欠かせない通常の光ファイバーを加熱し、毛髪の直径の100分の1以下の細さまで伸ばすことにより作られます。

 研究メンバーは、いくつかの異なる観点から、光と物質の相互作用を研究しています。メンバーが最終的なゴールとするのは、世界を構成する要素であるフォトン、原子、細胞、およびタンパク質をより深く理解することです。研究の大部分の根底には、フォトンが物質を物理的に動かすという原理があります。この現象はあらゆるところで起きていますが、あまりにも規模が小さいため、日常生活では気づかれないのです。

 同ユニットのある実験では、レーザーを使ってルビジウム原子を減速させ、冷却します。この技術は、レーザークーリングと呼ばれます。原子が減速すると、その温度も低下します。室温での空気は、時速1000 kmもの速さで動きまわる原子で構成されていますが、ユニットの物理学者たちは、原子を大幅に減速することに成功し、室温を0ケルビン、すなわちマイナス273℃近くまで低下させることができます。これは、物理法則により到達可能な最低温度です。OIST博士課程の学生として研究ユニットに所属するローラ・ラッセルは、この方法によりわずか6個の原子とそれらが放出するフォトンの効果を研究することができました。彼女によると、これは「半古典」物理学に分類されるシステムだそうです。

 古典物理学の理論が、多数の粒子間の相互作用を説明するために有用であるのに対し、量子物理学では、1つまたは数個の粒子がある場合に、粒子がいかに異なった動きをするかを解き明かします。しかし、量子的性質を持つものと、古典物理学に分類されるものの境界線は、依然としてはっきりしません。ラッセルは「私は、量子物理学の先端システムを意識して研究を行なっています。私の研究は、量子コンピューター開発に向けた1ステップなのです。」と語っています。理論上、量子コンピューターはスピードと処理能力において現在のシリコンベースのコンピューターをはるかに凌ぎます。

 別の実験では、同じくOIST博士課程の学生の一人であるメリー・フローリーが、光ナノファイバーとレーザーを使用して人間の赤血球大のプラスチックボールをトラップします。これを彼女は「光ベルトコンベヤー」と呼んでいます。光ファイバーでは通常、光はずっと端まで伝搬しますが、ニコーマック准教授のグループで使用する光ナノファイバーには、非常に細くなっている箇所があり、そこで光が漏れ出します。この場が物理学で言う「エバネッセント場」です。漏れ出した光は、プラスチックボールを引きつけ、続いてそれらを光ファイバーで運びます。研究メンバーは、OISTの生物学者との共同研究により、最終的にはプラスチックボールを実際の細胞に置き換え、生物サンプルに含まれるさまざまな細胞を選別するためのより優れた技術を開発することを目指しています。

 これら2つの実験だけでは、光・物質相互作用ユニットに期待される多様な成果を証明できないのであれば、光ナノファイバーと同じガラスでできた球の、表面および内部の光の反射について研究を行なっているメンバーがいることも付記しておきます。水で満たされた中空の球とナノファイバーから漏れた光を用いて、世界最小レベルのウィルスや化学物質を検出できるバイオセンサーの開発を目指すのは、ポスドクの1人ジョナサン・ワードです。この研究は、生物サンプルで満たされた中空のガラス球内部の光は、ある化学物質またはウィルスの有無により異なる反射をするはずだという理論に基づくものです。この研究プロジェクトに関わるユニットメンバーも、このセンサーを開発するためにOISTの生物学者との共同研究を期待しています。

 ニコーマック准教授は、研究者として歩み出した頃、原子と電子の衝突、およびそれらの相互作用で放出されるフォトンを研究テーマとしていました。しかし、オーストリア・インスブルックでポスドクとして働いていた時に、文字通り光があらゆる現象に光をあて、謎を解明するのだと考えるようになりました。前述のフローリーは「私たちは光を当たり前のものと考えています。朝目覚めれば太陽が出ているのですから。けれども光によって起こっていることは、私たちの想像を超えるのです。」と語っています。

 

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