オンラインで「秘密の交換」は可能か? 仮想化する環境における科学界のリーダーの未来

1989年、ティム・バーナーズ=リーが欧州原子核研究機構(CERN)で「相互接続された情報のための仮想部屋」を発明した当時、Amazon、Facebook、Netflixがそこからうまれるだろうといった考えが頭に浮かんだことはなかったようで、グローバルな小売、社会生活、娯楽の改革に着手しませんでした。 彼の「ワールド・ワイド・ウェブ(www)」は、科学の情報を簡単に国際的に交換することを目的としていたのです。

しかし、科学は本質的にグローバルなものであり、何世紀にもわたって、国際的なアイデアの交換によって努力が促進されてきました。 国境を越えたコラボレーションは、世界をリードする研究において今後も不可欠な要素です。 卓越した才能のある人々は、自身が学べる優れた科学者がいることを常に理解していました。 他人の仕事というものは、自身の考え方と創造性を刺激してくれます。 アイザック・ニュートンが1675年、ロバート・フックに注目したように、研究者は「巨人の肩の上に立って」科学を前進させ、世界中の科学者と協力したり競争したりしています。

1990年代初頭、科学者たちは迅速なコミュニケーションと低コストでの簡単なアイデア交換を可能にするテクノロジーを採用しました。 デジタル化により、ビデオ会議の進歩も可能になりました。 今日、私たちはノートPCとハンドセットを使用して、メッセージ、記事、データ、写真を交換し、リアルタイムで話し合います。 このようなインスタント・コミュニケーションは、コラボレーションの増加と知識の急速な普及の面で極めて重要です。 英国王立協会は、主要ジャーナルに掲載された国際的な共同記事が、1996年の25%から2011年には35%に増加したと発表しました。バックミンスター・フラーによると、ナノテクノロジーに関する知識は2年ごとに倍増しているといいます。 臨床科学では、このような知識の倍増は18ヵ月ごとに生じます。 21世紀に社会が直面している問題を緊急に解決するために、国際協力はますます推進されており、科学者はソーシャルメディアを通じ、科学者仲間だけでなく一般の人々とも関わり合いを持つようになっています。

組織とそのリーダーたちは、比較的ゆったりとしたペースで仮想コミュニケーションを採用し始めています。完全にペーパーレスのモバイルオフィスに頼るようになるには、まだリーダーに対してかなりの説得が必要です。 しかし新型コロナウイルスの世界的大流行により、仮想コミュニケーションが緊急に必要になりました。デジタル化は専門家らの生活のすべての領域で進んでおり、在宅勤務はこの危機の時代の新たな日常となっています。 東京から1,600㎞離れた日本の最南端の島の1つにある国際的な機関である沖縄科学技術大学院大学(OIST)の幹部らは、ビデオ会議に大きく依存してきました。これは2004年にOISTの前身の機関が設立されて以来行われてきたことです。現在、新型コロナウイルス感染症と対峙する世界で、OISTは主にZoomや同様のプラットフォームを使用することで機能しており、 学生、教職員、また一般の人々は、これらのサービスを使用し、ウェビナー、オンラインレクチャー、コミュニティ・エンゲージメントに参加しています。

ただし大学院大学としてOISTは、活動の多くをオンライン移行にすると選択した一部の米国大学の例には従ってはいません。OIST研究者はほとんどの場合、高度な教育を提供するために実験室の施設・設備を必要とします。 OISTはまた、物理的な研究施設の必要性を超え、仮想コミュニケーションが個人的な相互作用を適切に置き換えることはできない、と強く信じています。 少なくとも短期的および中期的には、こうした物理的空間を削減させるつもりはありません。

国際的に卓越した科学機関で働く人々は、地球上で最もグローバル化され、頻繁な移動機会がある人々です。 政治学者や生物学者にとっては当然のことですが、人間として私たちは、ビデオ会議で単に見たり聞いたりするよりも、はるかに多くのレベルでコミュニケーションと相互作用を行っています。 電子メールで非常に困難な問題に対処しようとした経験のある人たちにとっては、直接話したり聞いたりすることは、電子メール上でやりとりするのとは計り知れない違いをもたらすことを実感したことがあるのではないでしょうか。 ビデオ会議に緊張が走った時、私たちは皆、会って話をしなければと感じるものです。 やる気を起こさせるコーチングやメンタリングは、オンラインでも行うことはできますが、伝わらないことも多いでしょう。

人のコンディションというものは、認知力を持つ成人がビジネス情報を交換するだけより、はるかに機能的なものなのです。多くの研究では、人間は誰かと一緒にいる必要があることがわかっています。個人的なやりとりは、モチベーションを高め、会話やゴシップでさえ絆を強めるのに役立ちます。また予定された会議以外での非公式な意見交換は、あらゆる点で価値があります。学生や教授は、職場だけでなく、社会的交流の場でもある研究室のダイナミクスを必要としています。創造性を育むには物理的な場所が必要です。会議と会議の間の休憩時間での会話時間、またはコーヒーを一杯飲みながら一緒に問題解決するといったものです。このため、あらゆる優れた研究機関の建物には、キッチンコーナーやカフェテリアスペースが備わっています。計画されていない偶然の個人的なやりとりは、思わぬものを発見する可能性を高めます。特定の専門知識と視点から考えを交換していくうちに、あなたの持っている知識を必要としている誰かに出会うかもしれません。あなたの洞察力を誰かが待っている可能性があるのです。カンファレンス会議では、講演後の刺激的な会話、コーヒーブレイクでの貴重な対話の促進、夕食時の長い議論といったことが促されます。 キーストーン会議やゴードン会議のようなイベントは、科学的な内容だけでなく、例えばスキーといった共通の趣味で絆を築き、人々を結び付けます。こういった方法で信頼と信頼関係を確立する方が、はるかに簡単です。

画期的な科学は、多くの場合、信頼関係から生まれます。何かを発表するずっと前から、自分がしている研究について誰かと共有し、達成した成果を開示し、最も興味深いと思う質問を投げかけ、問題に思う点をさらけ出すのです。
すなわち科学とは、「秘密を打ち明け合う」ことなのです。

新型コロナウイルスの世界的大流行に適応したことで、科学の世界では、バーチャルにも機能しうることが示されました。互いに離れた距離で仕事をしているときでも、許容範囲内で日々の管理と顕著な研究の進歩を達成することができます。

しかしバーチャルな職場で勢いが失われたり、機会を逃していることは、憂慮すべき点です。 科学界のリーダーは、研究者をオンラインで刺激を与えたり、関与させたり、導くよう努めることはできますし、しばらくの間は、物事がきちんと適切に動いているように見えるかもしれません。

ただ、真のブレークスルーは多くの場合、気軽なディスカッションで最初に投げかけられたアイデアもしくは完全に計画外で予定外のコラボレーションから発生することもあるのです。残念ながら、こういった機会に対する障壁が現在、高まってしまっているように思えます。

サビーネ・ジマーマン、ピーター・グルース

2020年9月に Global Federation of Competitiveness Councils の委託を受けた記事です。