魚の成長は「住む場所」で決まる? ―ホルモンと生息環境の隠れた関係

サンゴ礁の魚をマルチオミクス解析し、生息環境の違いによって発生や成長が大きく変化する生物学的仕組みを解明

野生動物の世界では、環境に適応したものだけが生き残ります。その適応の形はさまざまで、遺伝子発現の変化のような目に見えない体内変化から、オタマジャクシがカエルへと変態するような劇的な形態変化まで含まれます。環境は動物の発生や成長を左右する重要な要因として知られています。しかし、環境の違いがどのようにしてこうした体の変化を引き起こすのか、そのメカニズムは十分には解明されていません。

このたび学術誌『Science Advances』に掲載された研究で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とフランス国立科学研究センター(CNRS)の共同研究拠点である国際研究ラボラトリー2028(IRL EARLY)の研究チームは、モーレア島にある国際研究センターCRIOBEに所属する生態学者David Lecchini博士とともに、環境の違いが発生に与える影響の仕組みを明らかにしました。研究チームは、サンゴ礁に生息する魚をモデルとして用い、環境の違いが発生の調節に不可欠な甲状腺ホルモンのシグナル伝達にどのような影響を与えるかを調査しました。トランスクリプトーム解析やメタボローム解析をはじめとするさまざまな生理学的解析を組み合わせた結果、魚の発生や成長の過程が、生息する環境によって大きく変化することが明らかになりました。

「生物の成長や発達は、進化のような長い時間スケールで決まるものと考えられがちですが、実際には一個体の一生の中でも、周囲の環境にこれほど敏感に反応していることには驚かされます」と、本研究の筆頭著者でOIST海洋生態進化発生生物学ユニットに所属するマルセラ・エレラ・サリアス博士は話します。 「環境と発生は、私たちが想定していたよりも密接に結びついていることが分かりました。このことは、環境が変化したときに動物がどれほど柔軟に対応できるのかという新たな問いを投げかけます。これは、気候変動や生息地の劣化によって脅威にさらされている動物たちにとって、特に重要なことです。」

一つの島、多様な生態系

フランス領ポリネシアのタヒチ島の北西に位置するモーレア島では、わずか数キロメートル移動するだけで環境が大きく変化します。

深い緑の森林に覆われた山々がそびえる島。その周囲には手つかずのビーチと美しい青い海が広がる。
研究チームは長年にわたる野外調査で、フランス領ポリネシアのモーレア島全域に生息する魚類を調査した。全長約60キロメートルにも満たないこの島の海岸線には、マングローブ林から砂浜まで、性質の大きく異なるさまざまな沿岸生態系が存在する。
© Thomas Balabaud on Pexels

川が海へ流れ込む場所にはマングローブ林が広がり、水位や塩分濃度が絶えず変動しています。水位が低下すると水温が上昇することが多く、濁った暖かい水には土砂や落葉などの有機物が豊富に含まれるため、溶存酸素濃度は低くなります。このような厳しい環境にもかかわらず、ここを生息地とする魚もいます。複雑に入り組んだマングローブの根は、幼魚にとって捕食者から身を守る格好の隠れ場所になります。

海岸線をたどると、岩礁海岸や砂浜では、水温や酸素濃度が比較的安定しています。海岸の岩の割れ目や隙間は小さな生き物の隠れ場所となり、一方、砂浜は広い範囲を泳ぎ回って餌を探す魚に適した環境です。

モーレア島沿岸の異なる生息環境を示す3枚の写真。左が砂浜、中央が岩礁海岸、右がマングローブ林。
モーレア島沿岸の異なる場所で撮影した写真3枚。左が砂浜、中央が岩礁海岸、右がマングローブ林。研究チームは各環境に一時的な飼育水槽を設置し、仔魚として採集したシマハギを飼育した。ホルモン量や遺伝子発現、形態など多様な指標を測定し、仔魚から幼魚へ移行する過程で環境が発生に与える影響を調査した。
© Mathieu Reynaud

環境が大きく異なるにもかかわらず、シマハギ(Acanthurus triostegus)のような魚は、砂浜からマングローブ林までさまざまな環境で見られます。もともと外洋で生まれたシマハギの仔魚は沿岸域へ移動し、そこで劇的な変態を経て幼魚へと成長します。

「外洋から沿岸へ移ることは非常に大きな変化であり、強いストレスを伴います。サンゴ礁へ定着した初日のうちに約90%の幼魚が捕食され、生き残った個体も最初の1週間で体重の約20%を失います。彼らにとってはまさに試練なのです」と、海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴァンサン・ロデ教授は語ります。

左は、サンゴ礁への定着過程における変態の初期段階にある、透明な仔魚の写真。右は、同じ種の成長した個体の写真で、もはや透明ではなく、明るい銀色をしており、体には細い暗い縦縞が入っている。
左は研究者らが採集した変態中の仔魚、右は成魚のシマハギである。魚は「変態」と呼ばれる過程を経て仔魚から幼魚へと移行し、その間に形態、行動、生理機能が変化する。この変化は、生息環境を変え、新たな環境へ適応・定着する過程で生じる。左の個体は生息地への定着直後(リクルートメント直後)に採集されたもので、すでに特徴的な黒い縞模様が現れ始めている。 甲状腺ホルモンは、この変態過程のさまざまな側面を制御している。本研究では、生息環境の違いが甲状腺ホルモンのシグナル伝達と発生にどのような影響を与えるかを詳しく調査した。
 
© Left, Marc Besson and Camille Gache; right, Cécile Berthe.

成長の仕組みを探る:システムレベルのアプローチ

環境の影響を理解するため、研究者たちはまず、変態過程全体にわたる魚の生物学的特徴を詳細に調査しました。これまでの研究から、生息環境がこの変態過程に影響を与えることが示唆されていました。例えば、異なる環境に定着した魚は成長速度や体の変化の過程が異なり、マングローブに生息する魚は他の環境の魚に比べて成長が遅く、体色も濃くなることが知られています。研究チームは、こうした目に見える違いが、遺伝子発現やホルモンシグナル伝達のレベルでも生じているのかを調べました。

野生個体と実験飼育個体の両方を対象に、変態開始後8日間にわたってさまざまな測定を行いました。

その結果、異なる時点において、異なる遺伝子が発現していることが分かりました。これには、甲状腺ホルモンの合成に関与する遺伝子や、色素沈着の変化に関わるものなど、甲状腺ホルモンによって制御される遺伝子が含まれていました。また、エネルギー代謝に関連する遺伝子発現の変化も確認され、有酸素代謝から無酸素代謝への切り替えが起きていることが示されました。

エレラ博士は、「例えるなら、持久系の有酸素運動から高強度インターバルトレーニングへ切り替わるようなものです。魚は外洋から沿岸域へ移る際、長距離遊泳に適した代謝から、サンゴ礁での生活に向けて体を急速に作り変えるための代謝へ移行します」と説明します。

研究チームはさらに、島沿岸のマングローブ、岩礁海岸、砂浜にそれぞれ設置した一時飼育施設でも同様の測定を行いました。その結果、生息環境が魚の成長や変態の過程に明確な影響を与えていることが分かりました。

甲状腺ホルモンの量は生育環境によって大きく異なり、甲状腺ホルモンの経路に関わる遺伝子の発現にも違いが見られました。代謝プロファイルにも環境ごとの違いが認められ、砂浜に生息する個体は、他の環境の個体に比べてエネルギー消費が高いことを示す代謝パターンが確認されました。

「砂浜では比較的資源が乏しいため、魚は餌を探したり捕食者から逃れたりするために、より多くのエネルギーを使わなければならない可能性があります。一方、岩礁域やマングローブには、より豊富な資源と隠れ場所があります」とエレラ博士は説明しています。

外洋、岩礁海岸、砂浜、マングローブの四つの生息環境にいるシマハギを示した図。各環境について、酸素濃度、捕食圧、塩分濃度、pH、水温などの環境要因が示されている。沿岸の3環境については、ラベルに研究分析の結果が示されている。岩礁海岸の魚では、実験室で飼育した魚を基準とすると、甲状腺ホルモン量が最も高く、有酸素代謝に関連する遺伝子の発現が多い一方、グルコース、GABA、コレステロール量はいずれも基準値に近い。砂浜の魚では、甲状腺ホルモン量は中程度で、無酸素代謝に関連する遺伝子の発現が多く、コレステロール量が多い一方、グルコースとGABAは少ない。マングローブの魚では、甲状腺ホルモン量が低く、グルコースとGABAが多く、コレステロールは少ない。また、無酸素代謝に関連する遺伝子の発現も多い。
研究チームは、ホルモンシグナル伝達とエネルギー代謝に関連するさまざまな指標を解析し、生息環境ごとに特徴的なパターンを発見した。これらの傾向は、翌年に調査した別の個体群でも再現された。
グルコース、GABA、コレステロールという3つの主要な代謝物の変化から、生息環境ごとに異なるエネルギー代謝戦略が示された。また、甲状腺ホルモンシグナル伝達に関与する重要な遺伝子の発現にも変化が見られた。
 
© Herrera et al., Science Advances, 2026 DOI:10.1126/sciadv.aec5359

甲状腺ホルモンは、発生の重要な過程やエネルギー代謝に関わる遺伝子の発現を制御することが知られています。これらの分析結果を総合すると、生態学的条件の異なる環境では甲状腺ホルモンのシグナル伝達に大きな違いが生じ、その結果、生息環境ごとに異なる発生や成長がもたらされることが示されました。

「生物学者たちは、遺伝子と環境の両方が発生や成長に影響を与えることを以前から認識してきました。しかし、本研究は、この二つが実際にどのように情報をやり取りしているのかという長年の疑問に答える手掛かりを与えるものです」と、ロデ教授は話します。「甲状腺ホルモンは、環境と発生をつなぐ生物学的なインターフェースとして機能します。環境からの情報を取り込み、成長の途中にある生物が、それぞれの環境に合わせて生理機能や代謝を調整できるようにしているのです。」

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本研究は、ヴァンサン・ロデ教授率いるOIST海洋生態進化発生生物学ユニットが主導し、フランス領ポリネシアのモーレア島にあるCRIOBEのDavid Lecchini博士ならびに、CNRS IRL 2028「EARLY(Eco-Evo-Devo of Coral Reef Fish Life Cycle)」の研究者らと緊密に連携して実施されました。現地調査では、 Anthony Lagant氏、Zoé Chamot氏、Mathieu Reynaud氏が支援を行いました。本研究は、ニザダイやクマノミヤイトハタを対象とした研究を含め、サンゴ礁魚類における甲状腺ホルモンシグナル伝達に関する長年の研究の成果に基づいています。本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)およびフランス国立研究機構(ANR)のMANINI助成金の支援を受けて実施されました。

 

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