沈黙を打ち破って:全ゲノムにおよぼすエピジェネティックなインパクト

地球温暖化などの環境ストレス耐性植物の開発を促す可能性を秘めた「ジャンピング遺伝子」の中の隠された配列が明らかになりました。

すべての命ある生物は、生存したり成長するために不可欠なものを作り出すためのマニュアルともいえるゲノムに依存しています。ゲノムからどのような指示(遺伝子)をいつ読む必要があるかを知ることは、生物がきちんと機能するための鍵となります。では、どのように生命は機能するのでしょうか?

エピジェネティック制御の世界に入って見てみましょう。エピジェネティック制御とは、細胞が遺伝子の発現または読みやすさを制御するプロセスです。多細胞生物では、エピジェネティクスこそが、異なる細胞が異なる形態や機能を持ったり、多様な遺伝子の一部を発現する際の大元なのです。 細胞はまた、エピジェネティック制御を「免疫システム」として使用し、トランスポゾンと呼ばれる破壊的な「ジャンピング遺伝子」の活動を抑制します。トランスポゾンは、ゲノム上を飛び回り、ゲノムの正常な働きを脅かします。

このように重要な役割を果たすエピジェネティック制御ですが、科学者たちは依然として、細胞が遺伝子の活動を正確に制御する経路の解明に苦心しています。 この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らは、植物細胞が遺伝子の転写を抑制する方法、すなわち、遺伝子がタンパク質をつくる最初の段階を調べ、この謎への手がかりをつかみました。 Nature Communications誌で発表された研究結果は、エピジェネティック制御によってサイレンス化(沈黙)した以前は知られていなかったDNA配列を特定し、その多くがトランスポゾン配列を起源としていることを突き止めました。

「この研究は、細胞がゲノム全体の転写をどのように、どこで抑制するかについての包括的な知見を提供してくれます。重要なのは、転写のサイレンシング(抑制)は、発生とストレス応答に関与する遺伝子が適切に機能するために不可欠であることが明らかになったことです。」と、OIST の植物エピジェネティクスユニットのポスドク研究者で、本研究の筆頭著者であるトゥ・レ博士は述べています。

細胞のメカニズムでは、DNAの一部を転写中にRNAにコピーします。通常、RNA転写産物はタンパク質合成に使用されます。細胞は、DNAまたはDNAを収納するヒストンタンパク質に化学修飾を追加することにより、転写を促進または抑制できます。これにより、どのRNA転写産物(最終的にはタンパク質)をどのくらいの量で生成するかを制御します。

このような正確な制御は、トランスポゾンのコントロールには不可欠です。「トランスポゾンはゲノムの寄生虫のようなものであり、生物を利用しながら、自身の発現を促進します。トランスポゾンが活性化した場合、トランスポゾン自身の遺伝子配列からゲノムの別の場所に配列を移動させるタンパク質を生成します。コンピュータで言えば、カット・アンド・ペーストやコピペなどの機能に似ています。」と、本論文の責任著者であり植物エピジェネティクスユニットを率いている佐瀬英俊准教授は説明します。

トランスポゾンは重要な遺伝子を破壊する可能性があるため、通常は抑制されています。しかし、なんらかのストレス下にあるとき、植物は、トランスポゾンを遺伝的多様性の源として再活性化し、変化する環境に適応できる可能性のある有益なゲノム変異を生成するのです。

「私たちの研究室では、最終的に細胞がトランスポゾンをどのように認識し、制御するかを正確に解明することを目的としています。今回の研究は、この目標に向けた重要な最初のステップです。」とレ博士は付け加えました。

隠れた転写サイトを明らかに

この研究では、シロイヌナズナと呼ばれる植物のいくつかの変異株を使用しました。

人工光の下、異なる変異株を生育。

次に、研究チームはシーケンスシング技術を使用し、ゲノムの転写機構の開始点として機能する特定のDNA配列を検出しました。 同時にエピジェネティック変異体でのみ活性化されたこれらの「転写開始点」(TSS:Transcription Start Sites)を何千カ所も明らかにしました。

「転写開始点の多くは、野生型植物では完全に抑制されているため、以前の研究では検出されていませんでした。 これらの隠れた(または潜在的)転写開始点の発見は、今後の植物におけるエピジェネティック研究のために貴重なデータソースとなるでしょう。」と佐瀬准教授はコメントします。

この度研究者らは、特に多くの潜在的転写開始点を活性化する植物の1つの変異体を特定しました。この変異体では、DNAメチル化を維持する重要なタンパク質が欠けています。 DNAにメチル基が追加されると、このエピジェネティック修飾が生化学的経路を活性し、ヒストンがDNAをより密に収納します。 これにより、転写機構が潜在的な転写開始点を含むゲノム領域にアクセスするのを物理的に阻害します。

野生型植物(上)では、DNA(青色の鎖)がメチル化され(赤のひし形部分)密に詰まっているため、潜在的転写開始点(TSS)にアクセスできない。 一方、エピジェネティック変異体(下)では、DNAメチル化が低下してアクセス可能になり、潜在的転写開始点が活性化される。

「DNAメチル化が失われたときに大量の潜在的転写開始点が活性化されることから、DNAメチル化が強力な転写抑制機構であることがわかります。」と、レ博士は続けました。

トランスポゾンからストレス耐性まで

もう1つの重要な発見は、トランスポゾンと潜在的転写開始点の関係でした。 科学者は、潜在的転写開始点の最大65%が、これら「ジャンピング遺伝子」に由来していることを発見しました。潜在的転写開始点のあるトランスポゾンはないトランスポゾンよりも、長く、より多くメチル化されていました。

「これは、潜在的転写開始点を持つトランスポゾンがより若く、無傷であり、ゲノム上を飛び回ることができることを示唆しています。それが、これらトランスボゾンが積極的に細胞に抑制されている理由です」とレ博士は説明します。

さらに驚くべきことに、科学者たちは、潜在的転写開始点がエピジェネティック変異体で活性化されると、近くにあるストレスと発生に関与する遺伝子の活動を変化させることに気づきました。 研究者らは、この影響の背後にあるメカニズムを完全に理解はしていませんが、その影響は興味深いものです。

「トランスポゾン配列が劣化するにつれ、植物がトランスポゾンの転写開始点を利用することが可能になり、近くにある遺伝子を調節するという研究が以前報告されています。ストレス応答と発生制御に関与する遺伝子に対する潜在的転写開始点の影響は、将来、植物がこれらの転写開始点を利用し、変化する環境条件に適応する可能性を示唆するものです」と、佐瀬准教授は説明します。

将来の研究において研究者らは、潜在的転写開始点とそれらが近傍の遺伝子活動にどのように影響するかについてもっと知りたいと考えています。「この研究は、植物が地球温暖化や干ばつ、土壌の栄養枯渇などの環境変化にどのように反応するかを、よりよく理解するのに役立つかもしれません。そうすることで、この種の環境ストレスに耐性のある新たな作物を開発することが可能になるかもしれません」と佐瀬准教授は語っています。

(左から右)佐瀬英俊准教授、春川佳子さん、三浦さおりさん、トゥ・レ博士。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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