応用から抽象の世界へ:数理モデルは現実を超える

ダニエル・スペクター准教授(非線形解析ユニット)、観察に基づくとは限らない問題への解を求めて

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数学はどこにでも存在します。シマウマの縞模様から星座、クモの巣に至るまで、私たちが世界中で目にしている模様の中に隠されていたり、磁気や電気、重力など、直接観察することのできない作用や力にも数学は宿っています。最古の学問のひとつである数学は、方程式を洗練したり探求したり、まだ答えが出ていない疑問を投げかける機会に溢れています。数学をより深く理解することで、私たちの住む世界に対する基本的な理解が得られるだけでなく、工学、物理学、生物学への多くの応用が可能になります。

米国イリノイ州出身で、中国、イスラエル、台湾で数学者として過ごしてきたダニエル・スペクター准教授は、2020年1月に沖縄科学技術大学院大学(OIST)に着任し、非線形解析ユニットを率いています。海外での多彩な経験を持つスペクター准教授は、2016年には台湾国家理論科学研究センターから、2017年には国立交通大学理学部(台湾)から、2度にわたり若手研究者賞を受賞しています。理論数学分野に力を入れるべく採用に力を入れた結果、彼のような躍進を続ける若手准教授が国際的な研究者のコミュニティの一つであるOISTに仲間入りしたことは喜ばしいことです。

スペクター准教授は、OISTは研究を行う上で最適な場所であると言います。「私はいくつもの場所で数学を研究しています。一つはオフィスの机の上。もう一つは黒板の上や講義の中で。そしてさらには自然の中を歩きながらです。OISTは一流の施設を持ち、美しい自然にも恵まれています。これまでの勤務先に比べ担当する授業数が少なく、数学の研究に時間を割くことができます。新型コロナウイルスのパンデミックが終わった暁には、世界から数学者をここに連れてきて、この環境を体験してもらうことを楽しみにしています。」

スペクター准教授の大きな研究目標は、私たちが生きているこの世界を分析・理解するためのツールを洗練、開発、改良し、発見につなげることにあります。このため、数学の方程式で記述できるパターンを探しています。彼は最近、2本の研究論文を発表し、ひとつはJournal of Functional Analysisに、もうひとつはNonlinear Analysisに掲載されました。これら研究では、偏微分方程式の解の規則性を研究するためのツールを開発し、さらにこのツールを応用して、無限に広がる平面空間での電気と磁気を支配する方程式の推定値を得ることに成功しました。次に目指しているのは、これを湾曲した空間で試してみることです。

OISTオフィスでのダニエル・スペクター准教授。

「数学の研究は、研究室でもフィールドでも同じ方法で行われます 。観察から始まり、それが推測につながります。推測を検証したり反証したりするために実験を行い、最終的には結論を導きます。ただ私たちの実験は実験室やフィールドではなく、ペンと紙を使って行われます。ですからどのような状況でも、身の回りの世界に対して好奇心を持つ必要があります」と、スペクター准教授はコメントします。

スペクター准教授が例として挙げたのは三角形です。「数年前、9歳の息子に実験をさせました。4つか5つの三角形を描き、それぞれの内角の角度を測り、内角の合計を計算するようにと息子に言ったのです。形や大きさに関係なく、すべての三角形で内角を足し算すると180°になる、と発見した瞬間の息子を目の当たりにしたのは、感動的な体験でした。息子は科学的方法に従ったのです。疑問を持ち、実験し、結論を導き出したのです。」

磁石と電気で遊ぶ

スペクター准教授が現在取り組んでいるプロジェクトの一つは、マクスウェル方程式と呼ばれる、電磁気学と電気回路の数学的記述の複数の方程式を調べることです。ジェームズ・クラーク・マクスウェルは1800年代に生きたスコットランドの科学者で、マクスウェルの電気と磁気に関する方程式で最もよく知られており、光そのものが電磁波であることの理解を見出した人物です。

「マクスウェルは、移動する電場が磁場を発生させることを示す方程式を導き出しました。磁場というものは、電場が経時変化するように、電流によって決定されます。 このことは、電流によって磁場が誘導されることを発見した別の数学者、アンドレ=マリー・アンペールの研究を元にしています。彼らの方程式と対応する実験により、コンピュータや照明、モーターなどが生まれました。これらの技術革新なしでは、現代の生活は想像できません。これらの技術革新はすべて電気と磁気の理解から来ているのです。」

磁石と電気の関係を実演するスペクター准教授。ひとつは電流を発生させると磁場が発生するデモンストレーション。もう一つは動いている磁場を作ると電流が記録されるデモンストレーション。

その後150年もの間、さまざまな数学者がマクスウェルの方程式を異なる方法で研究してきました。スペクター准教授の研究は、膨大な文献に加え、これらの既存のツールをさらに洗練させ、本質的に現実に近づけるのに役立つものです。

磁石の性質と、それが電場や電流とどのように関係しているかに興味を持つスペクター准教授

「いったん方程式を導き出せば、問題は純粋に数学的なものになります。観測可能な世界から、数学モデルの制約を検証しながら、問題を取り除いていくのです。しかし同時に、数学モデルから現実が導き出されることが重要です。」

スペクター准教授は、「結局のところ、数学モデルは近似にすぎないのです」として、数学モデルが現実から少し逸脱してしまうことを認めながらも、数学モデルが完全に正しいかどうかという観点ではなく、むしろ完全に間違っているかどうかという観点で考えるべきだ、と主張しています。この種の方程式がさらに調査を行う価値があるほど現実に近いか、を確認するための経験則としては、次の3つの条件が挙げられます。すなわち、「解は存在するか?」「解は単一であるか?」 そして、「その解はデータに連続的に依存しているか?」という3点です。

この研究でスペクター准教授は、マクスウェルの方程式が継続的にデータに依存しているかどうかを判断するため、推定値を調べてきました。准教授は、そのような連続的依存性についての新たな推定値を証明しましたが、これが研究の終わりではないと強調しています。

「最終的に数学的に見極めようとしているのは磁場の構造であり、推定値はその構造についての詳細を教えてくれます。しかもこれらの方程式が磁気と電気を対象としていることを考えると、工学への直接的な応用の可能性もあります」と、スペクター准教授は続けます。 

スペクター准教授は、今後もこのように疑問を持ち、疑問に対しての解を得ることを楽しみながら、他の分野の科学者に囲まれたOISTにいることの利点を強調しています。「私は学部時代、数学の他に化学とコンピュータサイエンスにも多くの時間を費やしました。 これら3つの分野は互いに補完し合うものであり、自分がこのようなバックグラウンドを持つことから、OISTを大変エキサイティングな場と感じています。ここは分野を超えた学際的アプローチを行うことのできる格好の場だと思っています。」

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