冷却すると膨張する磁性結晶

通常とは異なる風変わりな挙動をする物質の仕組みを理解することに成功しました。

   通常の物質は加熱されると膨張し、冷却されると収縮します。これはエネルギーが原子結合に蓄えられる状態を反映しているためです。国際的な共同研究により、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らはこの度、通常とは反対のふるまいをする物質の仕組みを理解することに成功しました。このような性質を持つ物質は、将来さまざまな技術に応用できる可能性があります。

   研究チームは、水が凍るときに膨張する氷のように、磁性結晶のCdCr₂O₄が温度が低くなるにつれてどのように膨張するかを解明する研究成果をPhysical Review Letters誌に発表しました。このようなふるまいは、水の場合でもCdCr₂O₄の場合でも、エントロピーによって引き起こされます。エントロピーとは、物質中の原子の状態を測る方法のひとつです。

     CdCr₂O₄はスピネル(尖晶石)と呼ばれる鉱物のひとつで、結晶の外観と格子構造に独特の特徴があります。クロム(Cr)には磁性があるため、CdCr₂O₄は磁性スピネルと呼ばれています。

   「磁性スピネルは人気のある研究対象ですが、その珍しい特性には技術的な意義があります。」と、本研究の責任著者の一人であるニック・シャノン准教授は述べています。

   「この鉱物のふるまいの仕組みを理解することができました。類似の物質を調べる際の指針として役立てることができると思います。」

 

磁気スピネルCdCr₂O₄の顕微鏡写真。低温かつ高磁場の下で冷却すると膨張する。

魅惑的な研究結果

   多くの物質は加熱すると膨張し、冷却すると収縮する「熱膨張」という性質を持っています。高温になればなるほど物質中の原子がより活発に動き、原子間の結合が伸びることで膨張するのです。

   一方、氷やゴムバンドなどいくつかの物質は、冷却すると膨張するという負の熱膨張(NTE)の性質を示します。

   オランダにあるHigh Field Magnet Laboratory(強磁場研究所)の研究者らによって行われたCdCr₂O₄を用いた新たな実験で、この物質が特定の条件の下、すなわち低温および高磁場の存在下で負の熱膨張を示すことが明らかになりました。

   実験を主導したベン・ブライアント博士は次のようにコメントしています。「30テスラというのは非常に強い磁場で、冷蔵庫の磁石に比べ、3000倍もの強力な磁性を持っています。私たちは巨大電磁石を用いてこのような磁場を創り出しました。」

   「磁石を冷却状態に保つため、私たちはバスタブ一杯分(140リットル)の水を毎秒、循環させなければなりませんでした。試料はその間、絶対零度よりわずか4度上回る温度に冷却し続ける必要があります。」

 

強磁場研究所(HFML)の37.5テスラの電磁石の前に立つ、本研究の筆頭著者であるリサ・ロッシ女史。

エントロピーが支配する世界

   研究チームは、CdCr₂O₄の構造が負の熱膨張をどのように説明できるかを記述しました。クロム(Cr)イオンは鉄と同様にN極とS極があり、磁性があります。しかし鉄とは異なり、この物質の外側ではクロムは磁気効果を持ちません。内部構造においてのみ磁気が影響するのです。

   クロムイオンは他の原子が間にはさまった磁気イオンの組み合わせの格子を形成します。それぞれの磁気イオンは、近隣のイオンからの影響を受けて磁気モーメント(スピン)の方向が決まります。

   ところがCdCr₂O₄では、近隣イオンからの相互作用がスピンの方向を秩序立てることはないため、いわゆる「フラストレーションの状態」となります。これらのイオンは、磁性体の内部エネルギーが最小になるように格子構造に対して力を加えるのです。これが「ひずみによる秩序」として知られる効果です。

   CdCr₂O₄の負の熱膨張を理解するためのカギは、熱がスピンのゆらぎに蓄えられる方法と、これが格子とどのように関連しているかにあります。CdCr₂O₄の場合、フラストレーション状態における相互作用のため、ゆらぎによる熱吸収は非常に効率的です。そしてこのゆらぎは、クロムイオン間の結合を短くし、加熱されるにつれて物質は収縮されます。

   この現象はエントロピーの概念によって理解することができます。

   「エントロピーはシステムの情報コンテンツの尺度のひとつです。ここでは、クロムイオンのスピンのゆらぎに関連しています。」とシャノン准教授は説明します。

   「物質の負の熱膨張を説明するのは、下のグラフにおけるクロムイオンの局所的な急変部分です。」

 

低温(4〜10K)および高磁場(26.5〜30T)の条件におけるCdCr₂O₄の負の熱膨張。

   本研究における知見は、負の熱膨張に対するこれまでで最も包括的な説明となります。この物質がどのように機能するかを理解することは、フラストレーション状態を持つ他の物質の研究においても、何を探求すべきかがわかり、研究指針として役立ちます。負の熱膨張の珍しい特性は、さまざまな機器や医療用途の設計にも使用できるようになるでしょう。

   本研究はいくつかの研究機関が関わる共同研究です。理論研究は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、ハンガリー科学アカデミー、東京大学が担当しました。実験については、京都大学から提供された試料を使用し、高磁場研究所(HFML)の施設において行われました。

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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